そのビルの屋上には、無数のプランタが幾段にも据え置かれ、暗中、風の吹くたびにさわさわとさざめく様であった。
人工のサバンナにあって、少女の白い影がゆらり、それに合わせる様に揺れ。ふわり、バイクと紀子は少女に向い落下する。
「ちょっとぉ~!」
「……」
殺す覚悟。
瞬時にそれを腹に呑み込む。
妖魔は、切ったはったで滅する事は出来ない。紀子に出来るのは弱らせ、一定時間無力化出来るだけだ。それでも、やらなければならない。
が、昼間にその辺で客引きしている同世代の、何も知らずに日々を過ごしている、一見幼さの抜け切れていない同性に見えるものを切り刻む事は重い苦味となって胸に溜まる。
少女の抗議の声を遮る様、紀子は少女の真正面に手裏剣を打つ。
と同時に、剣を己の背にと担ぎ、刀身を隠す。
「あっぶな!」
「……」
右へ、向って左へと逃れた少女を追って肉薄する紀子。
車体を横に向け、右腕を振り降ろそうと僅かに上体を反らした。
屋上は狭い空間だ。普通の人間なら逃げ回る事など出来ないだろう。ましてや、そこの住人のものらしき、プランタや鉢植えが所狭しと並べられている。が、少女の姿はそれらを巧みに利用し、くるくると転げる様に逃げ回った。
「ちい!」
「へっへーんだ! あっかんべー!」
まるで猫か何かと追いかけっこをしてる様な。
逆にここではバイクだと自由に動き回れない。一瞬、一旦上にと考えた矢先だ。
「な、何だこりゃあっ!!?」
「っ!?」
バタンと屋上の扉が開き、懐中電灯らしき光が走った。
しまったと思った時には、背後に異様な熱気が感じられ、咄嗟に振り向きざま一閃。その切っ先をかいくぐり、少女の顔がバイザーに大写しに。
「はん!」
「くっ! 甘いっわ!」
飛び掛かる少女に、前輪をロックし、テールで殴る。が、それをもくたりと柔らかにかわされ、ヘルメット越しに嘲弄する声が、可愛らしくも響いた。
「こ~の、ガニマタ、インキン、ヘンペーソク。ついでにゴ・リ・ラ♪」
「ぐはっ!?」
それは一瞬の交錯。
少女の白い身体は、闇夜に踊り、中空に消えるが、紀子の集中は突然の精神攻撃に、白紙と化し、バイクと己の自重をコントロールしていたそれがふつりと切れた。
「はわわわわわ~!?」
「きゃはははは、ば~か!」
そのまま、思いっきりプランタ群に、どんがらがっしゃんと突っ込んでしまった。
「うひいいい!!? 何だ何だ!!?」
懐中電灯と振り回し、パジャマ姿の中年男がスリッパでペタペタ駆け寄って来るのを視界の隅に、紀子は思いっきり拳で床を叩いていた。
「くっそ!」