真冬の冷気が全てを押し包んでいた。
東京は日ノ本が国の首都。
その東京の鎮守である神田明神より見下ろすこの街も、今は夜を迎え、昼とは違うもう一つの顔を浮かび上がらせていた。
秋葉原。
古きビルは取り壊され、新しくも美しい建物が築かれる。幾度も繰り返される街の輪廻。生まれたてのビルは、ガラス張りの衣装を身にまとい、まるで地上の宝石さながら、街明かりをキラキラと映し出していた。
が……唐突にその輝きに染みが。
まるで墨を撒くかに走った。
闇に潜む者がいる。
闇を蠢く者が……
暖色の灯りに幾つもの影が、奇怪な影が一斉に跳ねた。
「ひぎゃっ……」
ギャシャァァァァァァァァァァァァァァン!!!!
落下する勢い、錆びたシャッターがワンと大気を震わせ、何者かの悲鳴を掻き消した。それは同時に光をも切り取り、漆黒の闇がこの路地を包んだ。まるで真の闇に塗り込められたかに。
それは僅かの間の錯覚。
幅2mも無い細い路地。
この路地のみならず、表通りから一歩入ったこの辺り一帯が暗い。
停電か?
ならば、先程の灯りは何か?
普段ならば通る者が無くとも、ただひたすらに街灯や周囲のビルが辺りを照らし、不夜城の如く全てを明白に曝していた。
だが、不可思議な事に今宵この辺りは、ケバブ屋も、メイド喫茶やPCパーツショップの看板も、常なる人工の光に照らし出される事なく、遠い光によりその輪郭を浮かび上がらせるだけにとどめていた。
シャッターの内側では何かが砕け、千切れ、掻き毟る様な湿った鈍い音が。次第にそれも小さくなる。
一条の涙の如き黒い流れが、路地のアスファルトを伝おうが誰が気付こう。誰があえてこの薄暗い闇へと脚を踏み入れよう。
その路地を風が流れた。
乾いた風が。
それに乗ってか、ふわり軽やかに路地の入り口で舞う白い影。
清純を想わせる白。
闇にあって、明瞭にそのシルエットを浮かび上がらせた。