猿蟹月仙
現代ファンタジー異能バトル
2024年07月31日
公開日
103,840文字
連載中
事は、冬も押し迫った深夜、部活帰りの帰宅途中、鬼島紀子が秋葉原一帯に生じた局地的な停電に気付く。そして、そこに妖気を感知するや一人突っ込む『やらかし』から物語は始まった。
そは妖魔将の陰謀。
気付き始めた頃には、秋葉原は危険な状態に陥ってしまっていた。時空が歪み、地獄の窯が開こうと言うのか!?
新米ながら術者であり剣士でもある鬼島紀子は、珍奇な先輩術者、異界の住人、異星からの来訪者らと力を合わせ、邪悪な陰謀に立ち向かうのだ!!
【2023年ダンガン文庫プロットコンテスト落選作品】
<背景>
江戸時代、秋葉(あきば)の原っぱには刑場があり、この数百年の間に数多の凶状持ちがこの世に恨みを抱きながら命を散らした。しかし、それを見下ろす高台に国家安寧を祈る神田明神に大国主命が祭られ、江戸は霊的に守られていた。
だが、英国の支援を受けた明治維新は神仏の繋がりを破壊し、鎮守の森を破壊し、あらゆる霊場、霊的守護を破壊して回った。
続く大東亜戦争においてサタニストが支配する米国に負けた結果、日本の霊的守護を司る天皇家が形骸化され、陰陽寮は解散、術者は影に消え、日本の霊的守護は完全に失われたかに思えた。
だが、術者は消えてはいなかった。
迷信として消し去られた陰陽寮は、宮内庁の影の組織『退魔庁』として密かに再結成されていたのだ。
時は正に末法の世。
サタニストの命ずるままに国を滅亡へと誘う政治と経済。
日本は古の脅威に再び晒される事となる。
大地は天災に荒れるがまま放置され、木々は刈り取られ毒物をまき散らす太陽光パネルが敷き詰められ、奇怪な振動と電波を発する巨大な風車がそこかしこに建立されていった。
その様な破壊的な有様の中から、平安の世を跳梁跋扈した魑魅魍魎の類が蘇ったのだ。
術者は、それらを総じて『妖魔』と呼称した。
この物語は、山梨から上京し退魔庁秋葉原支部にこの春に配属された結晶使い、大学一年生であり表向きはアルバイトの鬼島紀子(きじまのりこ・19)があちこちにぶつかりながら、強大な妖魔将の企みに立ち向かっていく物語である。
第1話『眠らない街』
遠く、列車の走行音が響いていた。
昼日中は喧騒に満ちていた街も、今や冷やいで空虚だ。
夜だ。夜だ。夜が来たのだ。
星や月よりも強く、人工の灯りが全てを薄ぼんやりと浮かび上がらせる。
都会は夜、眠らない。
時折タクシーが行き交い、お茶の水の駅前に集う酔客を運び去る。
そんな光景に混じり、川と線路をまたぐ高架を一台のバイクが渡り行く。
バイクは右のウィンカーを明滅させ、渡り切った先のT字路へと走り去った。
一見して、この暗さでも古い型と判る。中型バイクだろう。その古さが、ふとタクシー待ちの男らの目を引いた。
それだけでは無い。
一瞬の野性味を帯びた気配。
マシンに跨る女は、その肉感的な肢体をぴったりとした黒革の繋ぎに押し込め、つま先からてっぺんまで黒一色。闇に溶け込む様な異彩を放っていた。
向かいのコンビニで、店員が雑誌の入れ替えをしてる様を眺め、クラッチを切った鬼島紀子は、信号の赤を視界の隅に、首を左右に巡らせた。
右手を下れば、秋葉原。
この時間だとバイト先はもう閉まってるのだが、誰かしら居る事だろう。もう一つのバイト先は……
「何だ……?」
小さく呟く。メットの中でのくぐもった呟き。
フルフェイスのバイザーを上げ、刺すような目線をこの先にあるだろう下り坂へと投げかける。青白い街並みが、音も無く続く。その先へと。
「居る!」
それは確信に満ちた響き。
鋭く、爛々と輝く黒い瞳。
「それも近い!」
そう吐き捨て、乱暴にバイザーを降ろし、信号が青に変わるやマシンを走らせる。
4サイクルエンジンが唸り、跳ねる様に曲がると紀子は両手を組んだ。
煌めく結晶が、その腕の動きを追随するかに追う。
「陰気。邪気。人ならざる諸々の気よ……」
短く息を発すると、パッと四方へと散る残光。その大部分が飛び行く先を見据え、紀子はにいっと笑った。