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6-4 共鳴

「──手厳しいね、わかった。この実験は当初お祖父様と父が、父の死後は佐藤という研究員がお祖父様を手伝って進められた。

 僕が具体的に関わったのは、すでに星弥せいや鈴心すずねも生を受け、さらに星弥は不適合と判断されたずっと後だから、正直言ってわからないことが多い」


「なんだよ、頼りないな」


「それでも、実験記録はお祖父様から全て見せてもらったから、頭ではおおまかなことはわかっているつもりだ」


「ふうん、それで?」


 素っ気ないはるかの態度を気にする風もなく、皓矢こうやは淡々と説明を続ける。


「簡単に言うと、星弥の体内にはキクレー因子とそれを活発化させる術式が組み込まれている。これは父の術式で、科学と陰陽術……というか父独自の呪術を融合させた、ある意味常識外れの技術だ」


「なるほど。息子は天才だって、そう言えばジジイが自慢してたな」


 星弥と皓矢の父。蕾生らいおは前に見かけた写真立ての人物を思い出した。それは以前同様に奥の棚にひっそりと飾られている。あの時、永は「よく知らない」と言っていたけれど、まだ蕾生がぬえ化の事実を知る前だったので余計な情報は黙っていたんだろうと蕾生は心の中で結論付けた。


「ああ、君達は父にも会っているんだね。父は銀騎しらきが始まって以来の超天才陰陽師だった。同時にお祖父様から科学者としても育てられたハイブリッドな人だったんだよ」


「──お前もそうなんだろ?」


 永が意地悪く言うと、皓矢は自嘲するように笑っていた。


「どうかな。確かに銀騎の次期当主ではあるけど、能力はごく普通で父には遠く及ばないし、科学者としてもお祖父様の足元にも……」


 その皓矢の言葉は蕾生には謙遜としかとれなかった。自分も永も手玉にとってみせた能力がありながら、遠く及ばないなどと言わせる程の実力をその父親は持っていたことになる。

 そんな相手と対峙したのならば、前回はどれだけ壮絶なことが起こったのだろう。永が詳しく言いたがらないのはそこに理由があるかもしれないと蕾生は思った。


「ようするにどうなんだよ?銀騎さんの容体をお前はわかってるのか?それとも超天才の親父が作った術式なんて理解できないって言いたいのか?」


 皓矢の説明に回りくどさを感じた永は少し苛立って結論を急く。


「どちらかと言えば、後者かな。父の術式は精巧かつ複雑で、父でないと全てを理解するのは不可能だろうね」


「そんなんで大丈夫なのか?」


 鈴心に聞いていた印象とは逆に自信無さげな皓矢に、蕾生も思わず口を挟む。


「天才に凡人が報いるためには試行錯誤を繰り返すしかない。そのために君達を連れてきてもらったんだ」


「具体的にはどのような処置をお考えなんです?」


 鈴心の問いに、皓矢は視線を蕾生に定めて言った。


「僕が考えているのは、共鳴だ。先日、蕾生くんが鵺化する運命を聞かされて、一瞬だけど我を失ったことがあったよね?」


「ああ……」


「だけど、星弥がかけた言葉を聞いて君は冷静を取り戻した──様に僕には見えたのだけど」


「──よくわかんね。あの時は頭が真っ白だったから」


 実は蕾生もそう思っているのだが、なんとなく肯定するのが気恥ずかしくてはぐらかしてしまった。

 そんな蕾生の気持ちもわかっているのか、皓矢はそれを前提においた説明を始める。


「あの時、星弥と君のキクレー因子が共鳴したんじゃないかと僕は考えている。キクレー因子同士がリンクすることでお互いを正常に戻す作用があるのではないかと思うんだ」


「……」


 永はそれまでツチノコ特有のものだと思っていたキクレー因子の真実がどんどん示されていくので、知識を更新するべく考え込んでいる。


「さらに言うと、蕾生くんが我を失った時、永くんと鈴心も君に縋りついてなんとか鵺化させないようにしていたよね。あれも同様の効果を本能的に君達が行ったんだと僕はみている」


「なるほど……」


 キクレー因子に関しては永より基礎知識がある鈴心は納得して頷いた。


「キクレー因子には恐らく正負両方の作用がある。因子保有者の永くん、鈴心、星弥が君を止めようとしたから君は止まることができた」


「つまり、私達が星弥に戻って欲しいと願えばいい、ということですか?」


 鈴心の少し希望を持った問いかけに、永はまったをかけるように懐疑的な意見を示す。


「そうは言っても、念じるだけで戻るとは思えないな。僕らはこれまでキクレー因子のことなんて気にしたことなんかないし、あんた達みたいな不思議な力はないけど?」


「ははっ、目に見える力だけが全てではないよ。君達は充分に不思議な力を持ってる。ただ、その使い方を知らないだけだ。今回は僕がそれを引き出して使わせてもらう」


 そう言われて永は複雑な顔をした。皓矢に自分の中の何かを委ねることに抵抗があるのだ。


「俺達は何をすればいいんだ?」


 蕾生が聞くと、皓矢は簡潔に答えた。


「星弥に触れて、あの子を想ってくれればいい。その道筋は僕が示す」


「──わかった」


 蕾生が大きく頷くと、永は慌て出した。


「ちょっと、ライくん、即答なの?」


「だって銀騎を助けるためにここに来たんだろ?」


 蕾生らしい単純思考なのだが、永はぶつぶつ文句を呟く。


「そうだけどさ、もっとこう取引をさあ、せっかく恩に着せられるチャンスがさあ……」


「そんな駆け引きやってるヒマなんかないだろ。早く処置しないと、悪化したらどうするんだよ」


 完全に蕾生の方が正論だったので、余計な損得を考えていた永はため息混じりに渋々頷いた。


「わかったよ、じゃあ銀騎さんが無事に目を覚ましたらうんと恩着せてやろうっと」


「ありがとう。君達の好意に感謝するよ」


 やっと皓矢は心から微笑んだ。そのまま一同は二階に上がり、星弥の部屋を目指した。

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