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6-2 永の不安

「──!!」


「なっ──」


 はるか蕾生らいおもそんなことは想像もしていなかった。

 言葉を失った二人に、鈴心すずねは後ろめたさを押し殺して淡々と説明した。


詮充郎せんじゅうろうはキクレー因子を持つ受精卵を二つ製造することに成功しました。最初にできたのが私、次にできたのが星弥せいやです。

 最初の受精卵にリンの魂を憑依させるのが難航したため、先に星弥が代理母を経て産まれました。その後、二年遅れて私が誕生したんです」


「それで妹って言ったのか……」


 蕾生はとんでもない事実に息を飲む。これで鈴心が何故二歳下なのかも説明がついた。

 だが、もはやそんなことはどうでもよくなった。永が恐ろしい顔で鈴心に確認したからだ。


「つまり、やっぱりリンは詮充郎に捕らえられて、挙げ句、実験台にされたってことだな?」


 その勢いに圧倒されて、鈴心は弱々しく頷いた。


「そう、です……」


「──」


 永の瞳は憤怒に燃えていた。

 蕾生はその肩を掴んで宥めるようにさするけれど、自らも怒りがふつふつと湧き上がるのがわかった。


「外道だ……」


 蕾生がそう呟いたことでなんとか平静を保った永は、鈴心に疑問をぶつける。


「それで?キクレー因子が暴走するとどうなるんだ?」


「それはまだ研究段階なんです。星弥と私は体内にキクレー因子を持つ人間として経過観察の身でした。ただ、星弥の方は早いうちに因子が活発ではなくなったので、普通の子どもと変わらない生活をしてきました」


「ああ、それで彼女はあまり詮充郎の関心を得られてないんだ」


 いつだったか、星弥は「わたしはお祖父様には可愛がられていない」と言っていたのを永は思い出す。その理由が実に詮充郎らしくて反吐が出ると思った。


「その通りです。ですからお兄様もこのような事態は予想していなかったようで、今も科学・陰陽術の両方面で調べています」


「俺達に助けてと言ったのは?」


 蕾生が聞くと、鈴心ははっきりと答えた。


「それは、ハル様とライにもキクレー因子があるからです」


「──やっぱり」


 そう聞いた永は肩で息を吐いた。


「俺達にも?」


「まあ、道理だね。僕らは鵺の呪いを直接受けている。ライくんは特に、だ」


「そう……か」


 先日、二体のぬえの遺骸を見て、何か同じものを感じたのはこれだったのかと蕾生は思い至った。


「恐らくライの中にある因子が最も活発であるとお兄様はみています。銀騎しらき研究所にあるものはどれも遺骸などから抽出したサンプルばかりで──」


「僕らの持ってる因子の方が活きがよくてピチピチしてるって?」


「はい。私達三人の力があれば、星弥の中の暴走した因子を鎮めることができるとお兄様は考えています」


 そこまで聞くと、永は軽蔑をこめた声音でその続きを当ててみせた。


「それで僕らに彼女の所へ来て欲しいって訳か」


「はい……このままでは星弥は目覚めないかもしれない。お願いします、ハル様、ライ。星弥を助けてください!」


 必死な鈴心を見るのはこれで二度目だ。蕾生の時と、今度は星弥の危機。鈴心にとってはどちらも同じくらいに重要なのだろう。その様子を見れば蕾生には断る理由が見つからなかった。


「永──」


 当然永も行くものだと思って蕾生が呼ぶと、永は恐ろしいほど冷たい声で言い放った。


「嫌だね」



「!」


「永!?」


 その短い答えにショックを受けた鈴心は固まってしまった。蕾生もぎょっとして狼狽える。

 そんな二人に冷たい視線を投げて永は言った。


「僕らに彼女を助ける義理はないし、詮充郎の実験に手を貸すのも御免だよ」


「詮充郎にはまだ報告していません!全てお兄様が主導でなさっています」


 鈴心の必死の訴えは、更に永を苛立たせた。


「そのさあ、「お兄様」って言うのなんなの?あいつは詮充郎の孫だろ?おれ達の敵だ」


「あ……」


「おれは不安なんだよ、リン。お前は今回銀騎の家に心を寄せすぎている。身内として生まれてしまったからある程度は仕方ないと思ってたけど、今のお前を見てると嫌な想像をしてしまう」


 きっとずっと我慢していたのだろう不満を永は意地悪く吐き出した。


「私が、銀騎側につくと……?」


 鈴心は驚いて永の思惑を反芻する。鈴心にしても永がそんなことを考えていたとは思っていなかったから、驚きとともに落胆していた。


「永、それは──」


 言い過ぎだ、と蕾生が言う前に鈴心は悲痛な声で言う。


「ハル様、星弥を助けてくれたら私は銀騎と訣別します。……皓矢こうや、も敵とみなすと、誓います」


 そんな言葉を言わせるな。

 蕾生は鈴心が不憫でならなかった。

 だが永が無表情で鈴心を追い詰める。


「その証は?」


「それは──」


 鈴心が正解を懸命に探して言葉に詰まる。

 その姿に蕾生の中で何かが、切れた。


「永、いいかげんにしろ!」


「!!」


 蕾生が力任せに机を叩きヒビが入る。その音と蕾生の大声に永は肩を震わせた。


「リンをあいつらに良いようにされて悔しいのはわかる!でもそれとリンを疑うのは違うだろ!」


「──」


 だってそれはどうしようもない。自分達は運命に翻弄され続けている。それを永は充分わかっているはずなのに。


「リンまで信じられなくなったら、お前は終わるぞ……?」


 何故、こんな責めるような言葉しか出ないのだろう。


 これは永の救援信号だってわかっている。


 それでも、永には前を向いて欲しい。俺達の導であって欲しい。



「……」


 黙ったままの永と蕾生に、鈴心はなんとか言葉を紡ごうとした。


「ライ……、私は──」


「んんんごめんっ!!」


 すると永が突然手を合わせて頭を下げた。

 鈴心は驚いて出かけた言葉を引っ込める。


「リン、ごめん!今のナシ!僕の浅はかなジェラシーでした!」


「え、あ……」


 鈴心はまだ困惑しているが、蕾生は永の様子に安心して息を吐いた。


 さすが永だ。もう大丈夫。


「よし、じゃあ、行くな?」


 蕾生が確認すると、永は耳を赤らめて言った。


「う……醜態をさらしたからね、仕方ないな。あ、ジジイには会わないからね!?役目が終わったらすぐ帰るからね!」


「はい、はい!」

 鈴心は涙目になって何度も頷いた。


「行くぞ」


 蕾生の言葉に力強く永は言う。


「眠り姫を助けに、ね」


「……今更かっこつけんな」


「えー、厳しいッ!」


 いつも通り永がおちゃらければ元通りだ。蕾生は笑いながら少し泣いた。


 永はいつもそうやって俺達を鼓舞し続けてくれる。だから、踏ん張れる。


「──ありがとう」


 鈴心が背中に向けて言った言葉も、もちろん届いている。

 気にするなと改めて言う必要はない。

 俺達はずっと仲間なのだから。

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