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6-1 鵺のDNA

「リン、僕らに話してないことがまだあったんだね」


 とりあえず鈴心すずねを部室内に招き入れて座らせてから、はるかはまるで詰問するように言った。


「申し訳ありません……」


「妹って、どういうことだ?」


 俯いてまず謝る鈴心に、蕾生らいおは逸る気持ちで問うたが、永に先を制された。

 その雰囲気は少し、恐ろしい。


「その前に、何故、黙っていたんだ?」


 その剣幕に、鈴心は躊躇いながら答える。


「ハル様には言うべきだと思っていたんですが、常に星弥が側にいたのでお話する機会がありませんでした……」


「ふうん?弁解の言葉としては弱いね」


 永の言葉は驚くほど冷たい。

 その雰囲気に飲まれた鈴心は何も言うことができずに俯いて黙ってしまった。


「おい、永。鈴心に怒ってる場合じゃねえだろ」


 蕾生が取りなしても永は静かな怒りを隠さずに、鈴心に言い聞かせた。


「それはわかってる。けど、リン、お前はいつもそうだ。何か大事なことを抱えて、一人で苦しんでる。おれがそれに気づいていないとでも思った?」


「……」


 黙ったままの鈴心の肩を優しく掴んで、今度は目線を合わせながら永は穏やかに言った。


「いつか話してくれる、ってずっと待ってるんだよ?言っただろ?お前の分もおれが考える──おれが全部守るって」


「ハル様──」


 その声は震えていた。潤む瞳で永を見つめる様は、いつもよりも年齢相応に見えた。


「よし。じゃあ、話を聞こうか」


「はい。実は日曜日に家に帰った後、星弥と少しだけ会話したんですが──」


 永がにっこり笑って促すと、鈴心は少し辿々しくも三日前の状況を話し始めた。



「すずちゃん、おかえり」


「ただいま戻りました」


 鈴心が永達と別れて帰宅すると、星弥せいやは玄関で立って待っていた。先程よりだいぶ時間が経ってしまっているのにずっとここにいたのだろう。その姿に健気さを感じて鈴心は苦笑した。


「あの……周防すおうくん、まだ怒ってた?」


 おずおずと聞くので、鈴心は穏やかに言ってやる。


「お怒りは少し収まっているはずです。貴女の好きにしていいとおっしゃっていました」


「え、と、ただくんは?」


「ライですか?ライは別に……怒ってないと思いますけど」


 蕾生のことまで気にするとは、永に責められたのがよほど堪えていると鈴心は思った。


「そう。でも明日もう一回謝るね」


「それがいいと思います。できれば貴女にはもう少し協力して欲しいので。中立の立場で構いませんから」


 星弥が永を怒らせたままなのは鈴心にとっても辛い。それに星弥はあの蕾生のぬえ化を止めた。これから先はどうしても星弥が必要になる。

 それをどうやって永と蕾生に伝えようかと鈴心が思案していると、星弥はその場で少しふらついた。


「う、ん……」


「星弥?」


「あ、れ?ごめんね、なんか、ふわふわする……」


 微かな声でそう言った後、星弥は突然昏倒した。


「星弥!星弥!」


 鈴心が大声で叫んでも、その意識が回復することはなかった。



「突然意識を失って、今も目覚めないんです」


 鈴心の説明を聞いて蕾生は驚くしかなかった。あの晩にそんなことが起こっていたなんて、想像もしていなかった。


「原因は?わかってるのか?」


 永の方は冷静で、腕組みをしながら真剣な表情で鈴心に続きを促す。


「すぐにお兄様を呼んで診てもらいました。その見立てでは、キクレー因子が暴走しているようだ、と」


「──ハ?」


 永は意外そうに驚いて声を漏らす。蕾生にはその意味もよくわからなかった。


「なんでキクレー因子が出てくるんだ?あれはツチノコが持ってるDNAなんだろ?」


 永の問いに、鈴心は首を振って説明する。


「いえ、そもそもキクレー因子は鵺が保有しているDNAです。詮充郎せんじゅうろうが若い頃に銀騎しらき家の持つ鵺のサンプルから発見しました。その後ツチノコもこれを持っていることが判明したんです」


「嘘だろ──」


 唐突な真実に永は二の句が告げなかった。つまり、詮充郎は鵺由来であることを隠してキクレー因子を世界に発表したことになる。永がそれまで信じてきた知識の根幹が崩れてしまったのだ。


「こんな重大なことを報告しなかったお叱りは後で幾らでも。ですが、まずは話を聞いてください」


「……わかった。で?鵺のDNAが何故彼女に?」


 なんとか心の折り合いをつけて、永は続きを急かす。

 すると鈴心が意を決して新たな事実を語った。


「星弥と私は銀騎しらき詮充郎せんじゅうろうが作った、キクレー因子を生まれながらに保有するデザインベビーです」

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