なんだかんだと話していると前回来た研究所の物々しい鉄の通用門が見えてきた。しかし、今回はあらかじめ私用邸への通路を教えられている。
通用口にいる無表情の守衛と接触することなく、少し横にそれてみると鬱蒼と繁った藪の中にレンガ敷きの細い通路があった。これは知らないと認識できないだろう。
そうして少し歩いた先に西洋風の大きな門構えが現れる。その中にはこじんまりとした石造りの洋館が建っていた。
研究所の近未来を思わせる造りと、一時代遡ったようなこの邸宅にも同様の異質な雰囲気を感じて蕾生は少し身震いした。永を見ると苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、門柱に設置されたチャイムをすぐに鳴らし、その後はいつもの涼しい顔になっていた。
「いらっしゃい、
普通ならインターホンが設置してあってこの場で応答するものだが、この建物にはそれがなく、すぐに
「こんにちはー」
「……ウス」
「いやあ、ほんとに研究所の敷地内にお屋敷があるんだね! この前来た時は全然わからなかったよ」
永はわざとらしく明るい声で話す。そうしてくれたことで蕾生は息がつまりそうな感覚をやっと堪えることができた。
「うん、プライベートな場所は施設内の地図に載せてないから」
「へえ、なるほど……」
「お祖父様は全然こっちには帰って来ないの。兄さんも夜遅くに寝に帰ってくるだけで。母とわたしとすずちゃんだけだと、外に住むよりこっちの方が安全だろうって」
少し困ったように話す星弥は、建物の雰囲気とは逆のラフなカットソーに布製のパンツといった恰好だった。そのおかげで二人の緊張感も少し緩む。
「すずちゃん?」
めざとい永は会話の中の知らない単語をすぐに拾った。
「うん、うちで預かってる子。今連れてくるから、座って待ってて」
「女の子なんだ?」
「うん」
短く返事をした後、星弥は奥の部屋に消えていった。
入れ替わりに黒いワンピースにエプロンをつけた中年の女性が二人を応接室に案内してくれた。
「うそ、これってメイドさん?」
「だろうな」
「生メイド、初めて見た……」
小声であっても聞こえていないはずはないが、家政婦風の女性は何も言わずに二人を案内した後、お茶のポットやお菓子が乗せられたカートをその場に置くと、一礼して部屋から出ていった。
部屋の中が静まりかえる。欧風のソファに暖炉まであり、床には毛の長い絨毯が敷かれている。骨董品と美術品で整えられたその部屋は、応接室のお手本のような完璧さだった。
「ねえ、ライくん。気づいた? 門に付いてるのチャイムだけで、外からの訪問者が名乗ることができなかった」
「うん?」
永の言わんとしてることがわからなくて、蕾生は首を傾げる。
「きっとわからない所に監視カメラがついてて、家人が知ってる人しか入れないんだろうね」
「ああ……?」
「なんか、隠れて住んでるみたい」
その言葉にはたっぷりの侮蔑がこめられていた。表面上はおどけて見せていても、永は敵地に来ているという緊張感を忘れていない。その様子を見て、蕾生も気を引き締めた。
「なあ、永、ここんちの親父さんって──」
「だいぶ前に亡くなってる」
「そっか……」
星弥との会話の中に一度も父親の話が出なかったので、蕾生が一応確認すると永はやはり知っていた。だがそれ以上は今の永には聞ける雰囲気ではなかった。
ふと戸棚の中に小さな写真立てがあるのが見える。
コンコンと応接室の扉を叩く音がして、蕾生は思考と視線を現実に戻す。星弥が遠慮がちに扉を開けて部屋に入ってきた。
「お待たせ」
そしてその後ろにもう一人分の人影が続く。小柄な少女だった。長い黒髪を左右にレースのリボンで結い、控えめにレースがあしらわれた白いブラウスにピンク色のフレアースカートを纏っている。俯きながら星弥に続いて部屋に入ってきた。
「さ、
「み、
一礼の後顔を上げた少女を見て、永も蕾生も絶句した。
「──」
二人の目の前にいるのは、今最大の目的である人物。リンだった。