放課後になって、
「どれだよ?」
蕾生が柄にもない小声で尋ねると、正門へと向かう通路の脇にある花壇を指差して、やはり小声で永が答えた。
「あの、ボブカットの子!」
その視線の先にはジャージ姿の女生徒が数人。花壇の花を植え替えている。
さらにその指が示しているのは、肩にかかるくらいのふわふわの髪に笑顔をたたえる女子がいた。周りの女子達と親しそうに話しながら花の世話をしている。
「あれが──?」
「
件の人物を認識した蕾生は、それまでに抱いていた銀騎研究所のイメージを覆すような雰囲気の彼女に感嘆の声を漏らした。
「へえ……」
「可ン愛いよね?」
「べ、別に普通じゃね?」
永に言われて思わず頷きそうになった所を堪えたので、蕾生はどもってしまった。
「ああ、ライくんの好みなんだね」
「べ、別に普通じゃね?」
それ以外の言葉が浮かんでこない蕾生をニヤニヤと見ながら永は説明する。
「あの子さあ、園芸部じゃないんだよ。なのにお手伝いで花植えたりしてんの。普通する? そんなこと」
「さあ……花が好きなんだろ」
永の言い方にトゲのようなものを感じて、蕾生は首を傾げる。
「僕の調べでは、入学してから今まで、彼女を悪く言う人がいない。それどころかクラスの中ではぶっちぎりの好感度を獲得してるらしい」
「一ヶ月かそこらでか?」
「確かに可愛いけど、彼女より可愛い子は他に何人もいる」
「はあ……」
どんどんトゲを増してくる永の言葉。女子には平等に優しい永が珍しいなと蕾生は思った。
「容姿はそこそこなのに、性格がずば抜けていいんだって。実家が超絶金持ちなのに全然嫌味がないって」
「お前、すごいな……」
別のクラスの女子にそこまで、と蕾生は半ば呆れてしまった。
「乙女ゲームの主人公みたいって言えばわかる?」
「いや、ますますわかんね」
永のたとえはわからないが、とにかく稀有な女子であることは伝わった。
確かに永はそういう人物は好かないかもしれない。結局、自分より完璧な人物の存在が気に食わないのだろう。
欠点がない人間は逆に不気味だということだ。ただ、彼女の場合は銀騎憎しで永が冷静ではない可能性もあるが。
「とにかく、あの子とお近づきになって、オトモダチとしてあの子の家に遊びに行く。それが最初のミッション!」
穴だらけの計画に蕾生はかなり不安になっていた。
「なんで俺が? 口のうまいお前の方が適任だろ?」
「いやあ、彼女、僕みたいに胡散臭いのは嫌いだと思うんだよねえ」
「自覚あったのか……」
永はとにかく弁が立つ。そのせいで男子の受けはあまり良い方ではない。
その代わり女子にはそのトーク力で結構人気があるのだが、男子から見れば口先だけの胡散臭いヤツというのが永の総評だ。
そして図体がでかくて怖い蕾生を従えていることで、中学時代はまあまあ煙たがられていた。
「目が笑ってない僕よりも、ちょっと不良っぽいけど純朴なライくんの方がウケがいいはず!」
「今、話しかけるのか?」
蕾生は心底気が進まないのに、永は構わずに作戦を述べる。
「いや、とりあえず、一人淋しそうにあの集団の前を横切って。視線は花に。なんかちょっと可愛いものを見るような目で!」
「えええー」
それに一体なんの意味があるのか。蕾生は本当に嫌だった。
「ほら、早く行って!」
背中を押されて蕾生は渋々歩き出した。
花壇の前まで行くと、蕾生はとりあえず指示通り女子達の前で立ち止まる。
「?」
それまで花に集中していた女子達は突然現れた大きな人影に気づいて顔を上げた。
女子達から一斉に視線を浴びた蕾生は、緊張で顔が強張った。客観的に見て「ガンを飛ばす」ような状態である。
「!」
一人は驚愕し、また一人は明らかに怯えていた。だが、銀騎星弥だけは物怖じせずに蕾生をじっと見つめていた。
「──!」
目があったものの、どうしていいかわからず、蕾生はプイとそっぽを向いて花壇を通り過ぎ、正門の方へ向かった。
「何、今の」
「たしか隣のクラスの……」
「やだ、怖い……」
口々に女子達が蕾生に嫌悪の感情を向ける。ただ、銀騎星弥だけは目を丸くさせながらも肩で風切って歩いていく蕾生の背中を見送っていた。
「だめかも……」
一部始終を見届けた永は肩を落とした後、急いで裏門を通って外から蕾生の待つ正門へと向かったのだった。