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2-1 思い出せない夢

「俺の世界は間違っていた」

 彼は自らの存在意義を、己に問う。

 その身を置いた世界は間違っていた。けれど、間違えたのは何より自分自身。


「あきらめるな、抗い続けろ!」

 君の世界は更に残酷だとしても、君には正しい仲間がいる。


「今は飲み込まれてしまうとしても、爪痕くらい遺せるだろう!」

 いつか、渡せる日が来るかもしれない。

 その時、君の世界が君にとって正しいものであることを願う。








「……」


 目覚ましのアラームが鳴っている。

 蕾生らいおは携帯電話を操作して音を切った。そして自分の目が覚めていることに驚いた。


 何かとても重要なことを見たような気がするが、それが何かわからない。ぬえの呪いのせいだろうか、と蕾生はぼんやり考えながら起き上がった。


 のろのろと支度をしても時間が有り余っているのは変な気分だ。一階のダイニングに降りると、母は特大の握り飯を握りながら目を丸くして蕾生を見つめていた。父も読んでいた新聞を落としたまま、拾うことも忘れて口を開けている。


 早く起きたはずなのに、罰の悪さを感じるなんて理不尽な朝だ。いたたまれなくなった蕾生は母から握り飯を引ったくって玄関を出た。背後から弾んだ両親の声が聞こえる。それもまたいたたまれない。


「え?」


 家を出るとちょうどはるかが来ていて、父母と同じような、狐にでもつままれたような顔をしていた。


「え、ライくん、ウソでしょ?」


「何が。時間通りだろ」


「……なんてこった。僕があんなことを話したばっかりに」


 永は大袈裟な身振りで頭を抱えて見せた。


「いや関係ねえから」


「だいじょぶ?ちゃんと寝れてる?」


 口調はふざけ混じりだが、永の目には少しの不安も感じ取れた。蕾生はそれを拭うようにあっけらかんと言って見せる。


「おう、ぐっすり寝た」


 ──はずだ、と蕾生は自分にも言い聞かせた。夢は見た気がするが内容はさっぱり思い出せない。

 そういえばいつもそうだ。普通なら夢を見ればいくらかでも覚えているはずなのに。朝が弱い理由はそこにあるのかもしれない、と蕾生はぼんやりと思った。


「急に早起きしてみようと思った、みたいな?」


 永はとにかく心配そうな声音で掘り下げる。


「別に。なんか自然に目が冷めた」


 蕾生が答えると、永は雷にでも打たれたような顔をした。


「え……、まじでゴメン……」


「──なんで?」


「ライくんの精神に負担をかけてしまったから……」


「んなことねえだろ」


 どうも永の様子は大袈裟な気がする。いつもなら蕾生のことはガサツとか大雑把などと言っているのに、今日はまるでカウンセラーのような口調だった。


「話しておいてなんだけど、あんまり深刻にとらえないでね?考え過ぎたらダメだからね?」


「考え過ぎるも何も、お前、まだほとんど話してくれてないだろ」


「そうなんだよ、だから心配なんだ。あれだけの情報でまさか不眠症になるなんて……」


「そんなんじゃねえよ。ぐっすり寝たって言ったろ」


 あまりに永がしつこいので蕾生は苛立って言い放つ。すると永は何かを考え込んでいるように無口になった。


「……」


「永?」


 蕾生の声は聞こえないのか、永は一人でうんと頷いて顔を上げた。


「わかった、ライくんを信じることにする」


「お、おう」


 永の中でどんな葛藤があったのか蕾生にはわからないが、信じると言った永を信じるしかない。本当に蕾生は自身の体調がおかしいとは思えないので、その場がおさまって安心した。


 自分の置かれた運命は昨日がらりと変わってしまった。なのにそれ以外は変わらない日常がある。その乖離に多少の戸惑いはあるが、永と一緒なら立ち向かっていけると蕾生は改めて思いながら学校という日常に向かっていった。

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