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涎 ーよだれー
雅 清
SF空想科学
2024年07月30日
公開日
1,062文字
完結
短編小説。
とある実験兵器の試験に参加した無名の兵士の視点で語られる兵器の内に潜むものとは。



初めてweb上に公開した短編小説。

兵士の記憶

 度々の激しい戦闘により破壊された町。

 住民はすでに避難したのだろう、今ここにいるのは私達の部隊だけのようだ。


 照り付ける太陽。眩暈のするような日差しを避けるため隊員達は破壊を免れた家屋で涼んでいた。

 住人は慌てて避難したのだろうか。椅子は倒れ、テーブルには飲みかけのコーヒーがそのまま残されている。私はおもむろに倒れた椅子を立て直しそこに座った。

 この辺りは高い気温に加えて湿気もかなりのもので、とても不快だ。茹だるような暑さとはこのことを言うのだろう。


 窓の外にはある兵器が駐機されているのが見えた。

 ワイバーン型自立思考兵器。私の部隊の任務は新兵器の実戦データの収集だ。


 鳥のような翼と二本の脚に鋭い爪を持ち、長い尻尾がある。その装甲からはゆらゆらと熱気が立ち昇っている。

 だが乾いた胴体とは対照的に頭部からは一定のリズムで水が滴り落ちていた。頭部に備えられたレーザー砲の砲身を絶えず冷却する必要があるためだ。


 冷気は砲身、そしてそれを保護する装甲版へと伝わり、結露から頭部のすぐ下には小さな水溜りができている。あの冷えた装甲板と水滴に触れたなら不快な暑さをいくらか和らげてくれるだろう。


 だが誰もそうしようとしない。

「触ってはならない」それがここにいる者の共通の認識だ。

 初めての作戦の日から何度となく見た光景。あの兵器の本性を知ったら触ることなどできやしないのだ。


 口から放たれる美しい青い光はどんな装甲であろうと瞬時に融解させ、振り回された尻尾の一撃を前に半端なバリケードなど無いに等しい。隠れ場所を失った敵兵はただの獲物に成り下がり、戦車は棺桶となる。鋭い爪は獲物を貫き引き裂きく猛禽のそれだ。


 ある時、あいつはレーザー砲を攻撃対象に命中させることなく地面に闇雲に撃っていた。

 その時誰もが故障を疑った。

 私は少しばかり安堵したのを覚えている。故障してくれれば少ない時間でもこの兵器から離れられると思ったからだ。


 しかしその思いはすぐに消え去り別の感情へと変わった。

 奴は作っていたのだ。自分の狩場を、炎の檻を、ゆっくりと、そして確実に獲物を仕留めるための。


 月の無い暗い夜。炎に照らされ大きく広げられた鉄の翼は恐怖そのものだった。

 私は自分が狩られる立場でないことに感謝した。

 爪に敵兵をぶら下げたまま帰投する姿を何度見ただろうか。あの恐怖に歪む表情がいまも脳裏に焼き付いている。


 皆あり得ないと言う。だが実際に私達の前で起きたことなのだ。

 兵器というにはあまりにも生物的で残忍。誰が飢えた猛獣の口に触るというのか。


 あの滴る水が今は涎に見えて仕方がない。

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