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第39話 仙台駅前ダンジョン第11層 暴力と欲得と虚飾にまみれた世界

■仙台駅前ダンジョン第11層 <ダンジョンストリート>


 時は少し遡る。

 甘味屋台でクロガネたちと別れたアカリは、階層を下って第11層の<ダンジョンストリート>を訪れていた。


 一本足の単眼象面の店員に、目玉の髪飾りサークレットを差し出す。

 大きさも色もちぐはぐな目玉を細い鎖で繋げて作った、悪趣味極まりない代物だ。しかも、時々目玉が動く。見た目だけならどう考えても呪いのアイテムだが、ダンジョンで入手できる品物は一筋縄ではいかない。実際、ぼろぼろの赤錆びた剣が伝説級の名剣だったこともあるのだ。


 店員は大きな虫眼鏡でじろじろと観察して、髪飾りサークレットをトレーに置いた。


「こちら、鑑定料は310万DPとなります」

「ありがとうございます。鑑定はまた今度にしますね」

「……ちっ」


 店員があからさまに舌打ちをした。

 背を向けて椅子に座り、大きな耳にイヤホンを挿して競馬新聞を眺めはじめる。

 最悪な接客態度だが、こちらも客と言える行為をしていないので仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。


 少し買い物をして機嫌を取ろうかと、アカリは店内を物色しはじめた。

 ダンジョンの装備は、上等なものになるほどジョブ制限がつくことが多い。


 例えば<手裏剣ダガー>。

 これは<Monk>の上級職である<SHINOBI>の専用武器だ。

 何枚もの十字手裏剣を連ねて作った鋸刃の短剣だが、一定確率で即死の効果を発動する。<SHINOBI>でなくとも扱えるが、特殊効果は発揮されない。


 例えば<西瓜炸弾シークヮチャータン>。

 見た目は小玉スイカそっくりの消耗品だ。

 これは<五行道士ウーシンタオシー>に代表される<氣>を操るジョブの専用品で、手榴弾のように爆発して敵を吹き飛ばす強力なアイテムだ。<氣>を通さなければ起爆しないため、他系統の職では扱えない。


 朱色のきれいな爆炎を生じるので、<五行娘娘ウーシンニャンニャン>の撮影でもよくお世話になった。ひとつ5万DPと安いものではないが、映像のクオリティには代えられない。


「って、何を思い出しちゃってるんですかね。ゼロからやり直そうと思ってこっちに移ってきたのに……」


 思わず独り言が洩れる。

 考えるまでもない。原因は先ほど出くわしたカシワギと白銀メルだ。

 カシワギは774プロ時代の上司、メルは担当していたアイドルグループのメンバーだ。


 東京を本拠地とする彼女らがなぜ仙台に現れたのか。

 想像してみれば、そんな難しい事情ではない。

 変わり映えのする絵面が欲しくて、地方ロケに来ただけだろう。


 あの事件・・・・が起こるまでは順風満帆だった。

 アカリが発案した企画は当たりを重ね、<五行娘娘ウーシンニャンニャン>はトップアイドルへの階段を確実に上っていた。年末の陰陽歌合戦への出演まで決まりかけていたのだ。 


 しかし、その矢先に起きたのがあの事件・・・・だ。

 アカリはすべての責任を負って、774プロを退職した。

 納得の上で決断したこととは言え、かつての担当アイドルに再会して、胸の奥に残る後悔が疼いてしまった。


 思い返せばカメラマンという仕事を続けようというのも未練だったのだ。

 退職直後は、ダンジョン配信とは関係のない仕事に就こうとした。

 仙台へ移住後、運良く小さな広告制作会社に採用された。

 774プロでは、半ばなんでも屋的な下積み期間があり、そこで身につけたWebサイトの修正や更新などの技能が評価されたのだ。


 Webやチラシ用にクライアントの商品を撮影し、加工する日々。

 さほどのハードワークでもなく、残業があっても終電を逃したり徹夜になったりすることはない。774プロの頃とは大違いだ。

 給料も地方にしてはそこそこで、家賃や物価の安さを考えると東京にいたときよりも、かえって余裕があるほどだった。


「だけど、それじゃ満足できなかった」


 アカリは、商品棚をぼんやりと眺めながら、ため息をつく。


 命と隣り合わせの緊張感。

 リアルタイムで再生数、同接数が伸びる興奮。

 玉石混交のコメントの群れ。

 血に塗れながら歌い、踊るアイドルたち。


 そういうものに、取り憑かれてしまっていたのだ。


 いつからそうなったのかははっきりと思い出せない。

 先輩カメラマンが怪我をして、急遽代打を務めたときか。

 はじめて所属アイドルの担当を任されたときか。

 難しい条件をクリアして、<撮影技師カメラマン>のジョブを得たときか。


 わからない。わからない。わからない。

 少なくとも、入社前は採血すら直視できないほどだったのだ。

 いつからダンジョン配信という、暴力と欲得と虚飾にまみれた世界に魅せられてしまったのか、アカリにはわからない。


 だが、そういうもの・・・・・・でなければ、もはや情熱をおぼえない自分になっていることだけは理解わかった。


 気がつけば、ダンジョンの前にいた。

 レンズを向けたい配信者を探していた。

 自分の欲望をかなえてくれる被写体を求めた。

 会社から何度も電話があったが、すべて無視をした。

 デスクに残した退職届、それがアカリの結論だった。


 そして出会ったのが、クロガネという異様な男だった。

 無様に負ける演技を飄々とこなし、素手で強力なモンスターを打ち倒し、カメラドローンにも視線を向けないド素人。


 ――撮りたい


 その気持ちが湧き上がった。

 ダンジョンで待ち伏せ、コメントを漁り、掲示板をくまなくチェックした。

 イベント会場に押しかけ、強引に自分を売り込んだ。

 そうしてやっと、パートナーとなれた。


 これほど被写体にのめり込んだのは、<五行娘娘ウーシンニャンニャン>以来のことだった。


「ああっ、なんでまたそれを考えてるんですか!」


 アカリは思わず目の前の棚を叩く。

 思ったより大きい音がして、カウンターの中から象頭の単眼がこちらを睨んだ。

 アカリは曖昧に笑いながら、ちょうどそこにあった商品を手にとってごまかす。


 そこにあったのは、黄色い布切れ。

 それが無造作に何枚も重ねられている。

 値札を見ると1万DP。

 名刺サイズのPOPに、手書きで商品名と効果が書いてある。


『<尋ね人の忘れ物イエローハンカチーフ>――消耗品。効果時間:約半日。面識のある人物がいる方向を示します(※地上では無効です)』


 それを握りしめたアカリを、単眼がじっと見ている。

 アカリはそれを持って、カウンターへ向かった。

 会計を済ませ、さっそくそれを使う。

 ハンカチの端を持つと、反対の端がゆらゆらと動いた。


 見届けよう。

 現在いまの<五行娘娘ウーシンニャンニャン>を。

 自分のいない<五行娘娘ウーシンニャンニャン>を。

 立ち直った姿を見て、踏ん切りをつけるのだ。


 アカリはハンカチの指し示す方向に従い、ダンジョンの下層に足を向けた。

 また小さな迷宮震が起き、<ダンジョンストリート>の棚がカタカタと音を立てて揺れた。

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