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第34話 緊急迷宮警報

「おーい、ぼちぼち煮えるぞ。食器の用意してくれ」

「はーい」


 食堂で今日の配信のアーカイブを確認していたソラが、スマートフォンを置いて食器の支度をはじめる。


 今日の夕飯はクロガネとソラの二人だ。

 アカリも誘いたかったが、鑑定を済ませてそのまま直帰するというのでその場で解散した。あのカシワギと名乗った男の件は気になるが、どうも訳アリのようだ。

 必要ならそのうちに話してくれるだろうと無理に聞き出そうとはしていない。


 連戦で疲れているソラを気遣い、支度はほとんどクロガネが担当している。 

 クロガネは大鍋を2つとボウルを食卓の中央にどでんと置いた。


「んー、いい匂い」

「実戦は想像以上に体力を使うからな。たっぷり食って回復しとけよ」

「うん、スパーとは全然違った。気が抜けたらずしーんって身体が重くなった感じ」

「翌日はもっとキツくなるぞ」

「いやいや、それはないって。疲れが後から来るのはまだまだ先よ」

「むう」


 そう言えば、クロガネも疲れが翌日以降に持ち越されるようになったのは二十代も半ばを過ぎた頃からだった気がする。若い頃は、朝方まで飲んでそのまま練習をし、本番の試合に臨んだことも珍しくなかった。


「むふー、牛タンがほろほろでおいしい! 朝から何か仕込んでると思ったら、これを煮てたんだ」

「圧力鍋を沸かして後は放置だがな。予熱で仕上がるから楽なもんだぜ」

「へえ、今度作り方教えてよ」

「もちろんだ。っても拍子抜けするくらい簡単だぞ」


 二人が食べているのは牛タンシチューだ。

 今朝出かける前に圧力鍋に具材を放り込み、予熱で煮込んだものである。

 煮込み時間こそ長いが、付きっきりになる時間は短く、豪勢な印象に反して手間のかからない料理だった。


「キノコもしゃきしゃきだね。普通のキノコより歯応えがよくて味も濃い感じ」

「運動する分、身が締まってるのかもな」


 地上のキノコはもちろん運動などしない。

 仕上げに、今日ソラが狩ったアルキキノコを加えたのだ。

 倒した10体をすべて持ち帰っていたら、何日キノコ尽くしが続くのかわからない。そのため、ガイドブックを見ながらそれぞれの種類で最も美味いと言われる部位だけを持ち帰っていた。


「炊き込みご飯もおいしー! 具沢山で贅沢!」

「だが、さすがにキノコを入れすぎたかもな。米より多いくらいになっちまった」


 主食は白米ともち米、たっぷりのキノコで作った炊き込みご飯だ。

 普段は炊飯器で炊くが、今日は土鍋で炊いている。

 炊き込みご飯はお焦げが美味いと信じてやまないクロガネのこだわりだった。

 さらに焼きキノコのサラダ、キノコの煮浸しなどがついて、文字通りキノコのフルコースとなっている。


「おっと、そうだ。大事なことを忘れてたぜ」

「ん? どうしたの?」


 クロガネは冷蔵庫から缶ビールを2本と、コーラを1本持ってくる。

 コーラをソラに渡し、缶ビールの片方は誰もいない席に置いた。


「デビュー戦、無事勝利おめでとう」

「あっ、そういうことか。ありがとう!」


 二人は缶をぶつけて乾杯する。

 そして、空席に置いた缶ビールに向けて再度乾杯をした。

 二人の視線の先には、初代スカイランナーの写真が壁面にかけられている。


「鷹司さん、アンタの娘、ついにプロレスラーになっちまったぞ。俺を恨まねえでくれよな」

「恨むわけないじゃん。『よく俺の名を継いでくれた!』って絶対喜んでるよ」

「……否定はできねえなあ」


 ソラの父、風祭鷹司は良くも悪くも前向きで、滅多に悲観的にならない人間だった。細かいことにはこだわらず、超日の道場にもまだ小さかったソラを連れてくるほど大雑把な性格をしていた。


 ソラの母は、ソラを産んだ年に亡くなったそうだ。

 以来、風祭鷹司は男手ひとつでソラを育てていた。

 子連れレスラーなどと呼ばれてマスコミを賑やかしたこともある。


 そんなソラだから、ままごとの代わりにロープワークを覚え、木登りの代わりにトップロープに上り、「いち、にい、さん」の前に「ワン、ツー、スリー」と数えた。選手や道場生もそんなソラを可愛がり、色々な技を見せてあやしていた。


「……普通なら泣き喚いてたかもなあ」

「えっ、急にどうしたの?」

「ああ、すまん。なんでもない。少し昔を思い出しただけだ」


 あの頃はクロガネも二十歳そこそこで、世の中の普通の子育てがどんなものなのかなど知らなかったのだ。

 プロレスの道場とは、むくつけき巨漢たちが大声を上げて肉体をぶつけ合っている修練の場だ。

 普通の子どもなら恐怖でトラウマになってもおかしくない。


 だが、そうはならなかった。

 小学校に上がる前からいくつものプロレス技を身に着け、綱渡りの要領でロープを渡り、リングを一周できる子どもになっていた。<最強を継ぐ者>と呼ばれた父鷹司の血を引いたのだろう。間違いなく、プロレスの神様に愛された天禀てんぴんを備えていた。


 ソラ自身も、自分が将来プロレスラーになるものだと信じて疑わなかったし、それ以外の夢など考えたこともなかった。


 とはいえ、ソラを引き取った頃のクロガネは以前よりも世間を知っていた。

 男子以上に厳しい女子プロレス業界の経営の苦しさも知っていたし、プロレスの外にも世界があることをソラに知ってほしかった。


 知った上でなおプロレスの道を選ぶのであれば、反対する筋合いはない。

 しかし、プロレスしか知らぬままその道を選んだのでは、決められた線路を走らせるようなものだと思ったのだ。


「だが、結局プロレスを選んじまったなあ」

「今日のクロさん、独り言多いね。いよいよボケてきた?」

「馬鹿野郎、まだそこまで老けちゃいねえよ」

「あはは、じょーだんじょーだん」


 二人が軽口を交わしていると、突然けたたましい警報が鳴り響いた。

 発信源は二人のスマートフォン。

 地震か津波かと急いで画面を確認すると、音声とともに赤字の警告が表示される。


【緊急迷宮速報、緊急迷宮速報。

 仙台駅前ダンジョンで大規模変動発生。

 探索中の配信者は命を守る行動をしてください。

 推定変動指数は9.0――】


「む、なんだこりゃ?」

「アカリさんに入れてもらったアプリのやつだよ。ダンジョン内で危険なことがあると、こうやって通知してくれるんだって」

「なるほど、そりゃ便利だな」

「早めに引き上げて正解だったね。居残ってたら巻き込まれてたかも?」

「ああ、そうだな」


 クロガネはもっともらしく頷いてみせるが、実際はよくわかっていない。

 ソラにしても何か危なそうだなと思っただけで、やはりよくわかっていなかった。


「ところでアカリさんは大丈夫かな? 11層で鑑定を済ませるだけなら、もう帰ってると思うけど……」

「いま電話してるが……出ねえな」


 十回、二十回とコール音が続くが、電話は繋がらない。

 そのうちに、『回線混雑のため、呼び出しを中断します』というアナウンスとともに通信が切断された。それ以降は、何度かけても同じアナウンスが流れ、コール音すら鳴らない。

 クロガネはおもむろに立ち上がった。


「ちょっと行ってくるわ」

「待って、私も行く!」


 二人は家を飛び出し、軽トラックに乗り込んだ。


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■あとがき

 近況ノートにちょっとした裏話を載せました。

 よかったらご覧くださいませ。

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 https://kakuyomu.jp/users/wantan_tabetai/news/16817330661435678868

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