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第29話 仙台駅前ダンジョン第1層 勝利者インタビュー

「Rin-Pyo-Toh-Sha-Kai-Tchin-Retsu-Zai-ZEN――」


 若干際どい女忍者くのいちの衣装を着たクローンが、ぱっぱと手印を組む。

 怪しげな詠唱を終えるとともに、その手を前に突き出した。


「――Monk-Skills<Suiton-no-jitsu>」


 女忍者くのいちクローンの手から、水が飛び出す。

 水道を全開にして、ホースの先を潰したくらいの勢いだ。

 それが数秒続き、ソラの身体を濡らす。


「いい加減にしろっ!」


 若干キレ気味のソラが前方宙返りとともに踵落としを叩き込む。

 見事に脳天に決まり、Monkのクローンは白目をむいて昏倒した。


「もう、まるで手応えがないじゃない。ネタジョブなの?」

『ば、馬鹿ナ……。我がジョブ運命を与えしクローンが、こうもあっさリ……ありえヌ……』


 脳みそフトダマが弱々しく点滅し、スピーカーから震える声が発せられる。

 あれだけ自信満々に送り出したクローンたちが、いいところがまるでないまま全滅してしまったのだ。

 シミュレーションとはまるで異なる現実に、脳みそフトダマの合成蛋白素子製演算回路は焼き切れる寸前だった。


「これでみんなやっつけたけど、満足した?」

『馬鹿ナ……馬鹿ナ……我の完璧で究極の演算が……』


 まともな返事がなく、ソラは思わず肩をすくめる。

 出入り口はシャッターが降りていて出られないし、クローンもすべて倒してしまってもうやることがない。

 配信はまだ続いているし、また軽業でも見せて時間を稼ごうかと思ったところに、クロガネが手招きをした。


「何、クロさん?」

「スカイランナー、手応えはどんな具合だった? 強敵だったか?」


 ソラはその一言でクロガネの意図を察する。

 これは試合後の勝利者インタビューだ。

 試合中もクロガネとアカリが解説を加えていたが、試合をした本人の感想を聞きたい視聴者も多いだろう。


「一番強かったのは最初の戦士だね。剣道で例えるなら、県大会出場くらいのレベルはあったと思うよ。太刀筋そのものはよかったかな。ま、その分、読みやすかったんだけど」


 スポーツ万能のソラは、様々な運動部の助っ人に駆り出されている。

 剣道部はその一つで、団体戦での県大会出場経験もあった。

 その経験と照らし合わせるに、太刀筋は上位校並み、しかし駆け引きが三流以下で、総合的に見れば地方大会くらいは勝ち抜けるだろうという水準だった。


「他の連中はどうだった?」

「残りはもう感想を言うまでもないと思うけど……。魔法使いは火花を散らすだけで、爆竹を投げてくるようなもんだったし、僧侶は回復ばっかりで攻め気がないから怖さがない。盗賊はなんか動きがちぐはぐだった。あれがダンジョン的には素早いってことなのかな? 正直、無駄な動きが多くてバランスが悪かったね。商人は単純にフィジカルが弱い。Monkは……それこそ大道芸人だったね」


 残りの5体はばっさりと切り捨てる。

 見せ場はなくもなかったが、総じて塩試合である。

 クロガネも早々に聞くことがなくなってしまった。

 インタビューが途切れたのを見て、今度はアカリが口を開く。


「では質問のコメントが来ていますので、それを取り上げますね。【スタイル抜群ですごい! どんなトレーニングをしてるんですか?】だそうです。ダイエットのお悩みですかね?」

「うーん、ダイエットかあ。『まずは筋肉をつけよう!』かな? 基礎代謝が上がれば太りにくくなるし、体型も引き締まるよ。トレーニング後はしっかりストレッチとマッサージをすれば筋肉太りもしないから、ぜひチャレンジしてみて!」


 ソラは片足を垂直に上げてI字バランスをしてみせる。

 長い足がぴったりと身体についており、軸が少しもぶれていない。

 それだけで柔軟性、体幹の強さ、バランス感覚の高さが見て取れた。


 コメントの大半は素直な称賛だが、一部にセクハラじみたものもある。

 アカリは撮影を続けながらも悪質なコメントをブロックしていく。

 こういうものを放置すると、類が友を呼んで配信の雰囲気を悪くしかねない。

 早め早めの対応が重要だった。


「続けて質問……というか相談ですね。【私は女ですが、前衛職に憧れています。いまのチームは前衛は男で、後衛は女の仕事という暗黙の了解ができてます。どうしたらスカイランナーさんみたいにモンスターと正面から戦えるようになりますか?】だそうです。人間関係のお悩みと、鍛え方について両方の質問って感じですね」


 アカリは、ソラが質問に答えやすいよう、さりげなく内容を分解して伝えた。

 こういったコメントさばきも、ダンジョン配信のカメラマンに求められる役割だ。


「うーん、暗黙の了解ってことは、はっきり言われたわけじゃないってことだよね。まずは『前衛をやりたい』って伝えてみたらどう? 案外、相手も『女の子に前衛に出てほしいなんて言えない』なんて気を使ってるのかもよ? 鍛え方については、ぜひうちの道場に遊びに来て! 体験入門は無料だよ!」


 冗談めかしつつ、しれっと道場の宣伝もする。

 こういう抜け目のなさは自分よりずっと上だとクロガネは苦笑いを漏らす。


「次の質問は……おおっと、これは直球ですね。【ぶっちゃけ、ジョブは要る? 要らない? どっち?】」


 ソラの背景に映る脳みそフトダマの水槽の中で、ごぼりと大きな泡が上がった。

 それに気づかず、ソラは素直に回答する。


「あたし的には要らないかなあ。実際に試合してわかったけど、かえって弱くなっちゃいそうだし――」

『ぬわぁぁぁんだとぉぉぉォォォオオオオオオ!?』


 脳みそフトダマの絶叫が、黒板を引っ掻くような異音に変わる。

 ごぼごぼと大量の気泡を上げ、デタラメな色で点滅する。


『我がジョブ運命を与えし者が、弱くなるはずがあるカ! 貴様ら人間に、ジョブ運命の神の真なる力、今こそ見せてくれルッッ!!』


 床に倒れていた6体のクローンが、ずるずると這い、一箇所に集まる。

 ぐにぐにと肉が変形し、混ざり合い、溶け合い、輪郭が失われ、一体となる。

 コマ撮りのクレイアニメのように潰され、押し広げられ、練り合わされ、ひとつの異形へと変化していく。


「うげぇ……何これ……?」


 ソラの眼前に表れたものは、6つの顔と12の腕を持つ、ちょうどソラを6人合わせた巨躯きょくを持つ怪物であった。

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