ソラのクローンが、片手盾を突き出し半身の構えになった。
ソラは間合いを詰めつつも、クローンの左側へ回り込んでいく。
クローンは盾を構えたまま、ソラの動きに合わせて身体を回転させる。
「さあ、いよいよ試合開始です。解説のクロガネさん、先に仕掛けるのはどちらでしょうか?」
「普通ならリーチのある武器持ちから仕掛けるだろうが、スカイランナーなら――」
クロガネが言い終わる前に、ソラが動いた。
一気に間合いを詰め、踏み込んだ勢いのまま跳躍。
駒のように回転し、後ろ回し蹴りを放つ。
クロガネ直伝の高速ローリングソバットだ。
しかし、その蹴りは盾であっさり防がれ、鈍い金属音だけが残った。
「ふぅん、そんな感じね。じゃあ、こういうのはどうっ!?」
蹴り。
蹴り。
蹴り。
蹴り。
内回し蹴り。外回し蹴り。前蹴り。下段蹴り。掛け蹴り。踵落とし。飛び膝。横蹴り。重心を落としての払い蹴り。
ありとあらゆる種類の蹴りが、嵐の如く吹き荒れる。
隙間のない連撃にクローンは防戦一方だが、
「スカイランナー選手、開幕早々、凄まじい連打です! しかし、ダメージはわずかでしょうか?」
「んー、動きは派手だがまずは挨拶ってとこだな。実力を計っている段階だ」
クロガネの予想通り、ソラの連打が止む。
半歩下がって距離を開けた。
打撃の届く間合いではない。
これは剣の間合いだ。
「さ、次はあんたの番だよ」
ソラは右手を伸ばし、手の甲を相手に向けてくいくいと手招きする。
明らかな挑発だが、クローンの表情は動かない。
闘う意志があるのかさえ疑わしい虚無の表情。
しかし、反撃のチャンスは逃さなかった。
「戦士スキル<
感情のない声とともに、白刃が振るわれる。
真っ向正面、唐竹の振り下ろしが、ソラの脳天目掛けて風を切る。
「わぉっ! 大迫力!」
ソラは身を捻り、最小限の動きでそれをかわす。
そのままの勢いで回転し、後ろ回し蹴りを放つ。
高速の踵がクローンの顔面に直撃し、大きく仰け反った。
「あー、やっぱり当たった。ダメだよ、攻撃のときはしっかりガードを上げとかないと」
ソラは左腕を上げ、右手でパンパンと叩いてみせる。
盾をちゃんと構えていれば、今の蹴りは入らなかったはずだ。
試合中の相手へのアドバイス。
これも明らかな挑発だが、クローンの表情は動かない。
虚ろな目をしたまま剣盾を構え直す。
「もう、張り合いないなあ。じゃあ次はこれっ!」
高めの前蹴り。
片手盾がそれを遮ろうとする。
だが、ソラの蹴りは盾を
「おおっと、今の蹴りはなんでしょうかクロガネさん! 盾をすり抜けたように見えましたよ!?」
「ああ、いまのは……いや、コメントが来てる。【ブラジリアンキック!】【膝の柔らかさがパねぇ!】入力速えな。おっと、それはいいか。そのとおり、今のはブラジリアンキックだ」
クロガネは、アカリから渡されたタブレット見ながら応じた。
ブラジリアンキックとは、その名の通りブラジルで生まれた技だ。膝から先を自在に動かすことで、蹴りを放った後から軌道を変化させる空手発祥の技である。
「動きが素直過ぎるんだな。開幕のラッシュでも下段と払い蹴りはあっさり入ってた。教科書通りじゃ、スカイランナーは捉えられねえよ」
ブラジリアンキックのダメージで、クローンはまだふらついている。
ソラは畳み掛けることはせず、カメラに向かってポーズを決めたり、バク転を決めるなどのパフォーマンスをしてあえて回復を待っていた。もし客席があったなら、手拍子の催促でも始めていたことだろう。
コメントは大盛り上がりだ
美技で魅せ、パフォーマンスで客を惹き込む。
軽妙にして華麗なプロレス。
これが父から受け継いだソラの
「おっとー、ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな」
回復したクローンに背後から斬りかかられるが、
「それじゃ、ルチャらしく決めちゃおうか!」
すかさず駆け込んで跳躍。
首を両腿でがっちり挟み込む。
それを支点に全身を振り、扇風機の如く回転。
クローンは踏ん張って耐えるが、遠心力に翻弄され重心が崩れる。
「無理にこらえると、首が逝くよっ!」
回転が最高速度に達した瞬間、ベクトルの向きを下に変える。
クローンの身体がつむじ風に巻き込まれた落ち葉のように舞う。
――轟音
クローンが背中から地面に叩きつけられる。
床板が粉砕され、破片が舞い散る。
埃で白く汚れる身体は、それを払おうという動きすらできない。
「ひゅー、デビュー戦から大技を決めやがる」
「い、いまのはなんて技なんですか?」
「
――
それはルチャ・リブレの代名詞とも言うべきヘッドシザースを進化させた、先代
ソラは、亡き父の技を見事に再現してみせたのだ。
両手を広げて天を仰ぎ、小さな声で呟く。
(デビュー戦、見てくれた? お父さん)
クロガネのゴングが試合終了を告げる。
ソラは満面の笑みとともに、両手でVサインを決めて飛び跳ねた。