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第26話 仙台駅前ダンジョン第1層 ジョブを吟味しよう

「まるっきりゲームみたいだけど、それぞれのジョブに特徴はあるの?」

『右上のヘルプボタンをタップするのダ』

「ここかな?」


 ソラの長い指が、ステータスウィンドウを叩く。

 すると、先ほどのジョブ一覧に説明書きらしいものが追加された。


━━━━━━━━━━━━━

▷ジョブ:無職

┣せんし

┃ちからはつよいが、のろまだ。まほうはつかえないぞ

┣まほうつかい

┃こうげきまほうが得意。ちからとすばやさがひくいぞ

┣そうりょ

┃かいふくまほうが得意。ちからとすばやさはそこそこ

┣とうぞく

┃すばやさと、きようさにじしんがあるぞ

┣しょうにん

┃うんがよい。あんざんと算盤がはやい

┗Monk

 ZENRA NINJA! 

━━━━━━━━━━━━━


「雑かっ!」


 あまりにもいい加減な解説にソラは思わず声を上げた。

 スーパーファミコンどころかファミコン並みの説明な上に、中途半端に漢字混じりなのが逆にクオリティの低さを際立たせている。Monkの説明に至っては悪ふざけとしか思えない。


『雑ではなイ。貴様ら低能な天然有機化合生物でも、わかりやすく端的に要約しているだけダ』

「ねえ、クロさん。この水槽割ってもいいかな?」

「やめとけやめとけ」


 クロガネは肩をすくめてソラをなだめる。


「つうか、わかんねえんだけどよ。ジョブってのはそもそも何なんだ? いや、雰囲気はわかるが、たとえば戦士のジョブになったらどうなるんだ?」

『レベルとして蓄えられた力が、貴様らの貧弱な身体的、霊的、知的能力を強化すル。戦士ならば、膂力りょりょくが高まるが、機敏さは損なわれル』

「その機敏さが損なわれるっていうのがよくわかんないって話よね。筋力が上がるってことなら、基本的には素早くもなるはずだし。よほどウェイトを積んでるなら別だけど」

「そうだよなあ」


 脳みそフトダマの大雑把な説明に、クロガネもソラも納得しない。

 二人とも己の肉体にとことん向き合って鍛えてきたアスリートなのだ。パワーと引き換えにスピードが下がるというわかりやすい話は、素人なら納得するのかもしれない。だが、現実はゲームのようには出来ていないのだ。どうしても辻褄の合わないところが気になってしまう。


「魔法使いの力と素早さが低いっていうのは、いまよりパワーもスピードも下がっちゃうってこと?」

『そうダ。高レベルになれば話は違うがナ』

「ええー、それはマズイなあ」

『上級職になれば、力も素早さも上がるジョブも解禁されル』

「ふーん、そういうのもあるんだ。ねえ、ルチャドーラはあるの?」

『ルチャドーラ……? そんなものはなイ』


 ルチャドーラとは、ルチャ・リブレメキシカンプロレスの選手のことだ。

 女性をルチャドーラといい、男性ならルチャドールと呼ばれる。


「じゃあ、百歩譲ってプロレスラーか、レスラーは?」

『……なイ』

「なんか、ないものばっかりなんだね。残念」

『だ、だが、ジョブの力は本物ダ。無職・・の人間は、ジョブのある人間や強力なモンスターには決して勝てなイ』


 脳みそフトダマの言葉に、ソラとアカリは思わずクロガネを見る。

 クロガネも無職だが、レベル70前後のモンスターを2体も撃破しているのだ。


「うーん、最初はわくわくしてたんだけど、なんか要らない気がしてきた」

『なぜダ!? ジョブは人間に有用な祝福ダ。それが不要なわけがなかろウ』

「だって、かえって弱くなりそうなんだもん。クロさんはどう思う?」

「言い切りはできねえが、リスクはあるな。トータルバランスが崩れちまったら修正にどれくらいかかるか見当もつかねえ」


 クロガネもソラの意見に同意した。

 己の肉体であっても、集中的なウェイトトレーニングで短期間で体重を増やした場合などは、体のコントロールが悪くなる。ましてやダンジョンからもたらされる正体不明の力だ。慣れるのにどれくらいかかるかもわからないし、下手をすれば死ぬまで慣れないかもしれない。


「そういや、職業ジョブってんだから辞めるのも自由なのか? 具合が悪けりゃ、すぐやめられるんなら試してみりゃいいし」

『我と我を創りしものが与えし、神聖にして精妙なるジョブに不具合などはなイ』

「一度ジョブを得たら無職には戻れません。転職なら条件が揃えば可能ですが……」


 脳みそフトダマの答えが答えになっていないので、代わりにアカリが補足する。

 そのアカリにしたところで、ジョブを変えたいというのならともかく、辞めたいと言われるとは想像もしていなかった。

 ジョブを得れば身体能力が強化されたり、人間には決して扱えない<スキル>や<魔法>といった特殊能力まで使えるようになるのだ。

 危険を伴うとは言え、モンスターを地道に狩っていけば超人願望が叶えられる。

 これを魅力に感じない人間はそうそういないだろう。


「そういうことなら一旦保留だね。配信を続けていって、どうにもならなくなったらまた検討するってことで」

「おう、それが無難だな。いまのところはまだまだやれそうだ」

『なッ!? 待テ! 貴様らは我が祝福を受け取らぬと言うのカ!?』

「うん、とりあえず今日はいいや」

「邪魔したな」

『待テ待テ待テ待テ待テ待テ!!』


 重い金属音とともに、入り口にがしゃーんとシャッターが降りる。

 出入り口は1箇所しかない。

 完全に閉じ込められた恰好だ。


「なにこれ、監禁!?」

「おいおい、自称神様がそんなことしていいのかよ」

『やかましイ! 不敬な天然有機化合生物メ! 貴様らには、ジョブ運命の恐ろしさを思い知らせてくれルッ!!』


 ぼとっぼとっと、重く柔らかいものが落ちる音がした。

 三人は音のした方向を見た。

 そこには、ピンク色の濡れた肉塊が落ちている。

 それはワゴン車並みの大きさで、表面をぶるりぶるりと不気味に波打たせていた。


『まずは戦士だ。ジョブ運命の力、その身に刻むがいイ!』


 肉塊がぐにぐにと波打ち、一部が盛り上がって植物のように伸びる。

 それは人型を成し、足元がぶつりと千切れて歩きはじめる。

 目測で、身長160センチ、体重60キロほどの女の形。


 本体の肉塊から、白い骨で出来た武装が吐き出される。

 女の形はそれを拾う。

 右手には長剣。

 左手には片手盾バックラー

 軽装の鎧をまとった、女戦士の姿がそこに現れた。


「なにその顔……。見覚えがありすぎるんだけど……」


 その頭部には、鏡と見間違うほどにソラに瓜二つの顔がついていた。

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