「というわけで、怪我をしたクロさんの代わりに、次の配信はあたしが出るからね!」
「俺はかまわねえが、配信的にはどうなんだ? いきなり演者が代わるってのは」
「一般的には悪手ですが、今回はプラスに働くと思います。ソラさん、美人ですから人気が出ると思いますよ」
「えへへ、クロさんより人気になったりして」
三人は食堂で朝食を食べながら今後の話を詰めていた。
昨夜は契約の件ですっかり遅くなってしまい、アカリが泊まっていくことになったのだ。
いずれは寮生を抱えることも視野に入れていたため、空き部屋はいくらでもある。
道場生は兼業で通いの者しかいないので、そっくり部屋が空いているのだ。
「でも、大丈夫なんですか? まずは浅層で実力を確認させていただくとして、なんというか……その……特別体格がよいわけでもないですし……」
「格闘家にしては小柄だって言いたいんだよね? 自分でもわかってるから遠慮しなくていいよ」
アカリは気まずそうにしているが、ソラは至って平然としている。
ソラの身長は160センチ。体重は60キロにも満たない。
平均的な女性より多少ガッチリしている程度の体格だ。
「もしかして、フリーでダンジョンを探索しててすごい高レベルだったりするんですか?」
「ううん、まだモンスターを倒したことないから、レベルもないよ」
「えっ、それじゃ、なぜそんな自信が?」
クロガネはずずずと味噌汁をすすっている。
野菜と
じゅわっと汁の染みた油麩はクロガネの好物だった。
よく噛んで飲み込んでから、口を挟む。
「ソラなら、あの猪頭やサソリ男じゃなきゃ負けんと思うぞ。人形どもは数次第だが」
「猪頭は相性的に厳しいけど、サソリ男ならたぶんイケるって」
「そりゃ自信過剰だ」
「動画見たけど、アイツの尻尾って腹の下には届かなそうなんだよね。スライディングで潜り込んで、寝技勝負に持ち込めば
「ふうむ……」
クロガネは大皿に山盛りにされた肉団子をひとつ頬張り、たっぷり咀嚼して飲み込む。
「単純にプレスされたらどうする? 体重は200キロはあったぞ」
「それは逆に狙い目かな。体重を利用して、腕ひしぎの要領で足を一本もらって離脱。この繰り返しで足を削ってく。そこはクロさんの作戦と一緒だね」
「あの爆発する尻尾はどうする?」
「アイツの上半身を盾にする。クロさんの体格じゃ無理だけど、アタシならそれで十分射線から身を隠せる」
「フィニッシュは?」
「ヘッドシザースで転がして、そこからは
「ふむ……」
クロガネは再び肉団子を頬張り、目をつむってゆっくりと味わう。
その間、ソラは丼飯に生卵を落とし、醤油を垂らして卵かけご飯を作っていた。
黄身の色が濃く、こんもりと張りがある。近所の養鶏場の直売店で売っている新鮮な卵だ。この味に慣れてしまうと普通の卵には戻れない。
「あの、ところでジャベって何ですか?」
シャキシャキの白菜漬けをつまみながら、アカリが尋ねた。
ソラは「いい質問だね!」と親指を立てる。
「ルチャリブレ。メキシカンプロレスの寝技、関節技のこと。ルチャっていうと空中殺法のイメージが強いと思うんだけど、じつはグラウンドの技も豊富なんだよ」
昨日、長々と話し合ったことで二人はかなり打ち解けていた。
言葉遣いもすっかり砕けている。
「で、ソラはそのルチャが得意ってわけだ。シミュレーションしてみたが、7:3でソラの勝ちってとこだな」
「本当ですか!? いや、疑うわけじゃないですけど……」
「あくまで見立てだから外れるかもしれねえけどな」
「でも、ソラさんってレベルなしなんですよね……?」
「そうなんじゃねえのか? つうか、そのレベルってのが正直ピンときてねえ」
「え……?」
アカリは思わず言葉を失った。
配信者と言えば、モンスターを倒すなどして経験値を貯め、レベルを上げて自身を強化し、それを繰り返して徐々に深層に挑んでいく――というのが常識なのだ。この二人はそんなことも知らずにダンジョンに潜り、強力なレアモンスターを倒していたというのか。
それならば、これから先、レベルを活用した
その可能性に思い当たり、アカリは我知らず生唾を飲み込んでいた。
「ひとまず、次にやることが決まりましたね」
「ん、ソラの配信デビューじゃねえのか?」
「その前にやることができました」
「ダンジョンのことなんてわからないし、お任せするけど、何をするの?」
「それはもちろん――」
アカリはお茶をひと口すすって、残りの言葉を続ける。
「<神社>にお参りです!」
「「神社?」」
予想外の言葉に、クロガネとソラは揃って首を傾げた。