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第22話 メキシコでショットガンをぶち込まれたときを思い出す

「ええと、まずはコースケさんの怪我の状態から説明しますね。ご心配でしょうし」

 食事を終え、そのまま食堂での打ち合わせとなった。

 アカリは黒縁の眼鏡を中指でくいと持ち上げ、タブレットを取り出した。

 それに配信のアーカイブ映像を映しながら説明する。

「一番の負傷は右肩の裂傷です。ここでサソリ男の尻尾がかすったときですね」

 クロガネは包帯の上から右肩をボリボリとかく。

「次に全身の刺傷ししょう熱傷ねっしょう。これは尻尾が爆発したときのものですね」

「ああ、これはさすがに痛かったな。メキシコでショットガンをぶち込まれたときを思い出したぜ」

「は?」

 クロガネがとんでもないことをさりげなく口にする。

 アカリは思わず固まってしまった。

 話が逸れるのを承知で、つい聞き返してしまう。

「あの、ショットガンって冗談ですよね?」

「冗談じゃねえよ。メキシコに修行に行ったときに八百長を持ちかけられてな。断ったら撃ってきやがったんだ。ったく、ヤクザもんってのはどこの国でもろくなもんじゃねえ」

 クロガネが顔をしかめているが、その口ぶりはまるで犬に噛まれた話でもしているようだ。

 高レベルの配信者でも、生身で銃を食らって平気でいられるものはそうはいない。

 クロガネのタフネスは、ダンジョン基準で考えても明らかに異常だった。

「弾はちゃんと抜いたの? あ、メキシコの話じゃなくて、今日の怪我の方ね」

「弾ならバッチリ抜けたぜ。肉の中に潜り込むほどじゃなかったからな」

「念のため、あとで傷を診るから」

「おう、悪いな」

 平然とこんなやり取りをするソラも大概だ。

 アカリもダンジョン配信に携わって荒事にはかなり慣れたつもりだったが、まさか地上でこんな修羅場を潜っている人間がいるとは思いもよらなかった。

「あっ、そういえば弾丸抜きのときに、同接数が2,000を超えましたよ。瞬間風速でしたが、切り抜きも複数作られて、そっちもかなり再生されてます」

「キリヌキ?」

「視聴者が編集して、見どころをだけをシェアできる機能ですね。例えばこれです」

 アカリの指が、タブレットを操作して切り抜き動画をタップする。

 そこにはボロボロになったTシャツを着た、血まみれのクロガネが映っている。

 サソリ男との死闘が終わった後の映像だ。

 画面の中のクロガネは、ボディビルダーのようなポーズで全身に力を込める。

 筋肉が別の生き物のように膨れ上がり、傷口からボトリボトリと弾丸――サソリ男の棘が落ちていく。

 コメントでは【ホントに人間かよwww】【新種のモンスターじゃね?w】などと珍獣のような扱いだが、クロガネは気を悪くした様子もなくニコニコとそれを読んでいた。

「一応確認なんですけど、こういうコメントで気を悪くはされないんですか?」

「ん?」

 意外なことを聞かれた、という顔でクロガネが答える。

「別に気にしやしねえなあ。そもそもプロレスラーってのは超人スーパーマンなんだ。人間じゃねえって言われるのは褒め言葉だぜ」

 白い歯を見せてニヤリと笑うクロガネ。

 20年にわたるプロレス経験は、クロガネに根っからのショーマンシップを刷り込んでいた。

「それで、残りの怪我は?」

「あっ、すみません。話が逸れちゃいましたね。残りの傷はいずれもかすり傷です」

「なんか、人形みたいのにさんざん撃たれてるけど」

 ソラは自分のスマートフォンで、アーカイブを倍速再生している。

「<天使の巣穴>の火器はほとんどがミニチュアなので、本物の銃ほどの威力はないんです。せいぜい改造エアガンくらいの威力ですね。レベルなしの素人が受けても、すごく痛いで済むくらいです。痣くらいは残りますけど」

「なんだ、それなら必死こいて避けることもなかったな。教えてくれりゃあよかったのに」

「そこは演出ですね。コースケさんの強みは知らないこと・・・・・・です。ヤラセだとどうしても出ないリアクションってあるじゃないですか」

「それはわかるが……」

 プロレスでも、あえて選手に知らせずにサプライズを仕掛けることがある。

 驚いて一瞬素に戻る反応などは、演技では再現できないし、客受けもよい。

「デビュー配信で同接が2,000を越えることなんて普通はありえないんですよ? 何ヶ月もずっと同接一桁で、下手したらゼロのときもひたすら独り言をつぶやきながら、地道に配信するのが普通なんです。異例の同接数でスタートできたのは、コースケさんの新鮮な反応がコンテンツとして優れていたってことなんです。私と組んでいただけるのなら、この方針は変えたくありません」

「むう……仕方ねえか。お客さんが喜ぶのが一番だからな」

 クロガネが渋々といった様子でうなずいた。

 それを見て、アカリはにっこりと微笑む。

「それは、正式に私を専属カメラマン兼プロデューサーとしていただける、という理解でよいですか?」

「ああ、俺はかまわねえ。ソラ、お前はどうだ?」

「契約内容次第だね。取り分とか権利とか、折り合いがつかなきゃどうにもならないし。あっ、腕は認めてますからね。あたしとクロさんだけじゃ、こんなに見てもらえる配信は絶対できなかったと思う」

 クロガネとソラに認められ、アカリはほっと胸をなでおろした。

 鞄から契約書の雛形を取り出し、内容を説明してく。

 三人はその晩遅くまで話し合い、無事、契約を締結するに至った。

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