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第19話 カメラが回っているうちは配信です

「あー、ちくしょう。痛ってえなあ」

 サソリ男にトドメを刺したクロガネが、立ち上がって身震いする。

 周囲に血と汗が混ざった液体が飛び散る。

 まるで水浴び後の虎が身体を震わせているようだ。

「コースケさん、大丈夫ですか!?」

「おう、派手に血は出ちゃいるが、見た目ほどじゃねえよ」

「そ、それならいいですけど……。ひとまず手当をしないと」

 アカリは三脚を立て、それにカメラをセットする、

 鞄から救急箱を取り出して、クロガネの横に膝をついた。

 この状況でも撮影を忘れないとは見上げたプロ根性だ、とクロガネは感心する。

「その前に、を抜くからちょっと待ってくれ」

「そういうのはお医者さんに頼んだ方が……」

「いらんいらん、こういうのは慣れてる」

 クロガネは腹の前で両手を組む。

 ボディビルダーのポージングのようだ。

 そのまま歯を食いしばって力を込めると、全身の筋肉が膨れ上がる。

 みちみちと筋肉がきしむ音がして、傷口からサソリ男の棘がボトリボトリと落ちた。

「よし、これであらかた抜けただろ。傷を洗うから手が届かねえところを頼むわ」

「は、はい」

 あまりのことにろくに声も出ない。

 この人は本当に自分と同じ人間なんだろうか、と疑問に思いつつも、言われるがままに治療を手伝う。

 傷口を水で洗い、軟膏を塗ってから包帯を巻いていった。

「包帯はダンジョン産品です。普通の包帯より、ずっと治りが早いはずですよ」

「おお、そんなもんまで用意してくれてたのか。助かるぜ」

 ダンジョン産品とは、読んで字の如くダンジョンから算出される品物アイテムのことだ。低級の品であれば、地上の店でも取り扱いをされており、クロガネも時々お世話になっている。

 ダンジョン産品には地上の科学では再現できない効果が込められており、最下級品に相当するこの包帯でも通常より何倍も怪我の治りが早くなる。上級品ともなればその効果は計り知れず、医療品のたぐいで言えば、首を切り落とされようが心臓をくり抜かれようが、魂が肉体を離れる前に使えば蘇生できるとまで言われている。

 もっとも、そのような品は億円単位で取引される超高級品だ。

 クロガネはもちろんのこと、アカリも目にしたことすらない。

「ところで、アンタは大丈夫なのか? 勝手に暴れちまって気が回らなかったが……」

「お気遣いありがとございます。でも、心配はご無用ですよ。私にはこれ・・があるので」

 アカリはジャケットの胸元からパスケースのようなものを取り出した。

 ネックストラップで首から下げられており、顔写真と名前などが書かれた免許証のようなものが入っている。

「なんだそりゃ?」

「<記者証>です。これを持っていると、ダンジョン内のモンスターに傷つけられなくなるんですよ」

「そりゃ便利だな。それさえあれば無敵じゃねえか」

「こちらから攻撃したりアイテムを拾ったりするとペナルティを食らっちゃうので、そういうわけでもないです。撮影や観光に徹するのなら便利ですけど、そんな人はあまりいませんしね。取得条件も厳しいですし」

「そんな旨い話はねえってことか」

 しかし、アカリの護衛をしなくてよいのはありがたい。

 プロレスラーとして、格闘技者として様々な経験を重ねてきたクロガネだが、さすがに護衛SPの経験はない。アカリをかばいながらでは、とても実力を発揮できないだろう。

「ところで、なんとかアイってのは結局出てきたのか?」

「<瑠璃色の審美眼ラピスラズリ・アイ>ですね。ドロップアイテムが出るときは演出エフェクトがありますから、普通は気がつくんですけど……」

 アカリは眼鏡を直し、辺りを見回す。

 クロガネもつられて辺りを見回すが、その目に映るのはゴミの埋立地のような惨状だ。

「こんな具合ですから、見落としている可能性もありますね」

「このゴミ山を探し回るのはちぃとそそらねえなあ」

 二人は顔を見合わせ、ため息をついて肩を落とす。

「ま、動画をチェックしてみましょう。ドロップ演出が映っているかもしれません」

「アテもなく探すよりはずっとマシか」

「コースケさんは休憩しててください。一応カメラは回しておくんで、変なことはしないでくださいね」

「何にもしねえよ」

 とはいえ、ただぼんやり座っているのでは芸がない。

 エンターテイナープロレスラーとしての魂が疼き出す。

 モンスターはいないし、トークでつなぐにしてもコメントも見れないので話題のきっかけがない。何かないものかと再び辺りを見て、サソリ男の残骸に目が留まる。

 大物を釣った釣り人のように、カメラの前で掲げてみるのはどうだろう。

 ウケるかどうかはわからないが、物は試しだ。

 サソリ男の半壊した頭を拾い、胴体は尻尾を掴んでカメラの前まで引きずってくる。

 持ち上げて見せようとしたとき、手をすり抜けてストンと落ちた。

「おっ、これは」

 サソリ男の残骸が、きらきらと小さな光の粒に分解されていく。

 徐々に空気に溶けていき、やがて跡形もなく消え去る。

 カシャッと乾いた音がして、何かが床に転がった。

「うへえ、なんだこりゃ。気持ち悪りぃな」

 その何かをつまみ上げ、カメラの前で振ってみせる。

 それは、色も大きさもちぐはぐな目玉・・を繋げて作った、この上なく悪趣味な髪飾りサークレットだった。

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