頭はひとつ、腕は2本。手には五指があり、
しかし、頭が異形だ。
アクリルやガラスで出来た大小の目がびっしりと並んでいた。鼻も口も耳も髪もない、作り物の目玉を寄せ集めた頭。無数の球体が組み合わさった近似球体。
しかし、肌が異形だ。
毛穴のない乳白色のソフトシリコンを土台に、色とりどりのプラスチック片、樹脂を固めた偽宝石、テグスで繋いだビーズの数々。それらが非硬化性のパテで接着され、
しかし、下半身が異形だ。
腰から下が、L字を描いて背後に伸びている。表面は金属片で覆われ、照明を反射して黒光りしている。脚は合計八本。四対の脚が胴の脇から生えている。昆虫じみた多関節で、ゆらゆらと前後左右に身体を揺らしている。
六つの節からなる尾は、楕円の数珠を連想させた。ひとつひとつの節はラグビーボールほどの大きさで、連動してなめらかにしなり、蛇の如くうねる。
先端の節には鉤型の太く長い針が一本飛び出し、その周りは短く尖った円錐の棘で覆われている。まるで西洋騎士の
「なんだあ? サソリみてえな野郎だな」
クロガネは片眉を釣り上げてそう評する。
素材の違いなど、
「コ、コースケさん! 気をつけてください! そんなやつ、出現報告になかったですよ!」
背後からアカリが叫ぶ声が聞こえる。
不測の事態に演技ができず、素に戻っているようだ。
クロガネは、背を向けたまま右の拳を突き上げて応じる。
「おう、そりゃ楽しみだ。ばっちり撮ってくれよ」
「そういうことじゃなくてですね!?」
クロガネは両手を軽く広げてサソリ男に向かって構える。
上背は同じくらいだが、体長では軽く倍はある。
尾も含めるなら3倍以上だ。
すり足で間合いを詰めていく。
明らかに人間からかけ離れた異形。
何を仕掛けてくるのかまったく読めない。
サソリ男もまた、間合いを詰める。
前後左右に体を揺らしながら、八本の脚を前に進める。
目玉でできた頭が揺れるたび、カシャカシャと乾いた音を立てる。
クロガネは、マラカスみてえな音だな、と場違いな感想を抱いた。
接敵。
クロガネの射程に入った。
睨み合いは性に合わない。
左腕のガードを上げ、上体を捻って右腕をぎりぎりと引き絞る。
はっきり言って隙だらけだ。
攻撃を誘う狙いもあるのだが、サソリ男からは仕掛けてこない。
相変わらずゆらゆら揺れながら、泳ぐように左右の手を振っている。
「どっせい!!」
構わず、クロガネは右拳を解き放つ。
矢の勢いで放たれる硬く太い肉塊、クロガネの
それがサソリ男の目玉だらけの顔面に殺到し――
――虚空を貫いた。
「ぐっ!?」
肩に痛み。
鮮血がほとばしる。
サソリ男の尾が、死角から襲いかかってきたのだ。
しかし、クロガネもすんでのところで直撃を避けていた。
バリスタナックルをフック気味に流すことで、ぎりぎりで身をかわしていた。
尾の先についた無数の棘が肉を削ったが、先端の太い鈎針を受けるよりずっとマシだったろう。
「ぬおっ!?」
今度は下方からの打撃。
振り上げられた肘がクロガネの顎をかすめる。
これもぎりぎりで避けたが、頬が浅く切れて血が垂れる。
サソリ男の頭が細かく震え、カシャカシャと音がする。
クロガネには、それが
「バケモンの分際で、やってくれるじゃねえかっ!」
クロガネは膝を落とし、腰を目掛けてタックルを仕掛ける。
上半身はつかみどころのない動きをしているが、支点となる腰であればかわせないと踏んだのだ。
だが、その思惑はあっさりと外される。
八本脚がゆらりと動き、タックルを避けた。
そしてサソリの下半身をひねりながら、鞭のように尾を振るう。
「ぐうっ!」
クロガネの顔面が打ち据えられる。
ラリアットのような衝撃。
衝突したのは尾の中ほど。
間合いが詰まっていたため、先端の直撃だけは避けられた。
クロガネの巨体が一瞬宙に浮き、背中から床に落ちる。
再び尾が襲う。
太い鈎針が突き立てられる。
一回、二回、三回。
致命の連撃を床を転がってかわす。
空振りした鈎針が、金属音を立てて床に弾かれる。
四回、五回、六回。
寝転がったままサソリの腹を蹴り飛ばし、強引に距離を開ける、
すかさず後転からハンドスプリングで跳ね起きた。
「ハッ! やるじゃねえか!」
クロガネは親指で鼻血を拭き、口に溜まった血を吐き捨てる。
再びスタンドでの対峙。
サソリ男は先ほどと同じく、両腕を泳ぐように動かしながら身体を揺らしている。
一連の攻防に、クロガネは既視感をおぼえていた。
ゆらゆらと全身を揺らすステップ。
それはともすればダンスのようで、独特のリズムを刻んでいる。
「ダンス……そうか、
既視感の正体に思い当たったクロガネが、胸の前で拳を打ちつける。
背筋を伸ばし、重心を低くしたレスリングスタイルから、ガードを高くした
「さあ、第二ラウンドのゴングだぜッ!!」
肉のぶつかる乾いた音が響き渡った。
サソリ男の足に、クロガネの強烈なローキックが叩きつけられたのだ。