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第16話 仙台駅前ダンジョン第16層 ドロップ率0.1%なら千匹倒せば確実か問題

「ドロップ率は0.1%です! がんばってください!」

「いまその情報は欲しくねえっ!」

 小さな包丁を持って飛びかかってくる幼児向けの人形に、血濡れた牙を剥く猫のぬいぐるみ。主砲が火を吹くラジコン戦車にミサイルを撃つヘリコプター。戦闘機形態と人間形態に変形しながら一撃離脱を繰り返すロボット軍団――

 クロガネはそれらを踏み潰し、蹴り飛ばし、手刀で、鉄槌で、正拳で裏拳でフックでアッパーで肘で頭突きでぶち壊し、身体に取り付いてきたものは引き剥がしてぶん投げる。

 最初の女騎士とロボットのような等身大のものはめったにいないようで、さながら小人の国で大暴れをするガリバーといった有様だった。

「くっそ! こんなのを千匹も狩らなきゃいけねえのかよ!」

「あ、コメントです。【ドロップ率0.1%だと、千匹倒してドロップする確率は約63%。つまり4割ドロップしない。がんばれ】だそうです。語尾にWが3つ付いてますね。草生えるってやつです」

「確率もっ! 草の話も要らねえっ!」

 今度はウサギのぬいぐるみが顔面に飛びかかってくる。

 首を掴んで止めると、バツ印のようなおちょぼ口が十字に裂け、頭部がまるごと口になる。真っ赤な口内には無数の牙がめちゃくちゃに生えている。シャァァァと蛇のような威嚇音とともに、喉奥から触手が飛び出る。

 クロガネは触手を反対の手でつかみ、ハンマー投げの要領でブンブンと振り回す。

 ウサギめいたモンスターの耳が戦闘ヘリのローターに絡まり、次のヘリも巻き込み、飛行船の横っ腹に突っ込んで爆発炎上した。

 飛行船は燃え上がりながら墜落し、カーキ色の軍服を着た小人の群れに落ちる。軍服たちは炎に巻かれ、関節をぎくしゃくと動かしながら黒い煙を上げて溶けていく。

「うーん、すごい迫力。まるっきり怪獣映画ですね。お、コメントです。【いいぞ! ぶち壊せ! 大怪獣クロガネラ!!】だそうです。がんばれ、クロガネラ!」

「誰がクロガネラだっ!!」

 足元に突っ込んできた鉄道模型を蹴り飛ばす。

 10両編成の新幹線はやぶさが横転し、銀色の軌跡をいて木目の床を滑っていく。ひらひらのドレスを着た美少女フィギュアの群れを轢き潰し、銃を構えた女子高校生のフィギュアの群れを轢き潰し、馬のような耳と尻尾を生やしたアイドルのフィギュアの群れを轢き潰す。

「おっと、クレームです。【俺の〇〇たんを殺すな!】だそうですよ」

「知るかっ! だいたい〇〇じゃわかんねえだろ!」

「荒れやすい話題は<運営>が伏せ字にしちゃうんですよね」

「意味のねえことをいちいち伝えてくるな!!」

 人形の行進は止まらない。

 だが、その様相は徐々に変わってきた。

 近未来的なパワードスーツを着たものや、全身金属製のアンドロイド、多脚の戦車など、SFじみたものが増えていく。それらが銃や砲塔をクロガネに向ける。

 ぴゅんぴゅんと気の抜ける音とともに光弾の弾幕が張られ、さすがのクロガネもかわしきれずに被弾していく。

「あちっ、あちっ、いてっ、こらっ! いい加減にしやがれ!!」

 クロガネの脳裏に、超日時代の電流爆破デスマッチの記憶が蘇る。

 対戦相手は打ち合わせを無視し、不意打ちで真剣シュートを仕掛けてきたのだ。そのくせ真っ当に勝負をしようとせず、しつこく有刺鉄線に押し付けられ、クロガネはついに堪忍袋の緒が切れた。

 ロープ代わりの有刺鉄線を引きちぎり、それを束ねて殴りつけたのだ。スポーツ紙には「ザ・フォートレス、ご乱心!!」などと叩かれ、会社からも謹慎処分を受けた。

 現状に対する怒りと、かつての理不尽への怒りが化学反応を起こし、クロガネの腹の奥から膨大な熱がせり上がる。マグマのように煮えたぎったそれが、クロガネの全身に満ち、放散される。怒りに脳が支配され、痛みを忘れる。攻撃を無視し、脇の棚を両手で掴んで揺さぶりはじめる。

「ちょっと、クロガネさん? ダンジョンの構造物は――」

 ――壊せませんよ、と続けるつもりだった。

 しかし、クロガネが力を込めるたびに棚が揺れ、メキメキと音を立ててかしぐ。

 クロガネの全身に血管が浮き上がり、筋肉が膨張する。

 金属が破断し、ボルトが弾ける音が聞こえる。

「ぬぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!」

 獣の咆哮。

 アカリの身体が痺れ、膝から力が抜けそうになる。

 咆哮の源には、棚をまるごと引き抜いた魔獣クロガネがいた。

「これでも喰らえやぁぁぁあああ!!!!」

 何百キロあるのか。

 放り投げられた棚が、地響きとともに床を跳ねる。

 クロガネはそれを追いかけ、満身の力で押し込む。

 その姿はさながらブルドーザー。

 パワードスーツを、アンドロイドを、多脚戦車を、土砂のように巻き上げ、跳ね飛ばし、すり潰す。

 あちこちで小爆発が起きるが、それすら飲み込みながら突き進む。

 ついに突き当りに到達し、轟音を立てて衝突する。

 フロアが揺れ、天井からパラパラと砂埃が落ちた。

「どうだっ! おいコラッ! たこコラッ! のしイカにしてやっぞゴラァッッ!!」 

 無数の人形の残骸の中で、クロガネが吠える。

 アカリはあんぐりと口を開けてそれを見ていた。

 コメントがものすごい勢いで流れていくが、それに構っていられる精神的余裕はもはやない。

 破壊不可能とされるダンジョンの構造物を破壊し、あまつさえそれを武器にして大量のモンスターを屠ったのだ。

 こんな無茶苦茶は聞いたこともない。

 同時接続数を示す数字が絶え間なく更新され、目で追えないほどだ。

「はぁ……はぁ……どうだ、参ったかコラ。俺はまだまだやれっぞコラッ!」

 再び吠えるクロガネ。

 しかし、応じるものはいない。

 代わりとばかりに、天井の照明がパチパチと点滅した。

 そこから青白い稲妻が発せられ、四方八方に落ちる。

 通路いっぱいに散乱する人形の残骸に紫電が走る。

 手首が指で這う。

 足が尺取り虫のように這う。

 はらわたの如くはみ出たケーブルがうねる。

 それらが1箇所に集い、徐々に何かを形作っていく。

「へっ、面白えじゃねえか。まだまだ喰い足りなかったところだぜ」

 クロガネは両の拳をぶつけ、太い首をばきりばきりと鳴らした。

 その視線の先には、無数の残骸がでたらめに寄り集まった異形が立っていた。

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