■仙台駅前ダンジョン第7層
トビホタルイカとの一悶着を終え、クロガネとソラは先へと進む。
いくら下見とはいえ、騙されかけた上に時間を無駄にしたのは腹立たしかった。
次に見つけたらとっ捕まえて食ってやると、クロガネは鼻息を荒くしている。
「クロさん、そこは右ね」
「ん、こんなとこに道があったのか」
パンフレットの地図を見ながらソラが指示を出す。
興奮していることもあるが、暗くなったために細い通路などを見落としやすくなっていた。
薄暗い道を進んでいると、前方の闇の中からコツコツと硬い音が聞こえてくる。
何かの足音のようだ。
別の配信者だろうか。
「こんにちはー」「ちわーす」
姿が見える前に、こちらから声をかける。
モンスターと誤認されないよう、人の気配を感じたら声をかけるのが配信者のマナーだ。
しかし、返事はない。
コツコツと硬質の足音だけが近づいてくる。
どうやら複数
クロガネとソラは足を止めて身構える。
闇の奥に目を凝らしていると、白い人影が姿を現した。
だんだんとその姿がはっきりしてくる。
白く、肉のない身体。
真っ暗で空洞の眼窩。
歯は根本までむき出しで、時折カチカチと鳴っている。
文字通り骨ばった身体のあちこちには、フジツボがこびりついている。
そんな怪物が、3体。
「おっ、スケルトンってやつか。定番だな」
クロガネは、にいと笑って凶相を浮かべる。
さながら獲物を前にして牙を剥く猛獣のようだ。
クロガネの巨体が、弾丸のような速度で飛び出す。
「
シンプルな前蹴り――すなわち、ケンカキック。
理合いも何もない。
体重の乗った足裏がスケルトンの胸骨を砕き、肋骨をぶち破り、背骨を貫く。
足に絡まった
スケルトンがばらばらになって吹っ飛んでいく。
「ありゃ? ずいぶん脆いぞ?」
クロガネはあまりの手応えのなさに拍子抜けしていた。
人骨というものは硬い。
いくらむき出しとはいえ、こんな簡単に砕けるものではないのだ。
「それ、スケルトンじゃなくてコーラルゴーレムっていうんだって」
「コーラル……? なんだそりゃ?」
「珊瑚。石灰を固めて作ったロボットみたいなものって書いてある」
「へえ……って、撮ってんのか?」
「うん。ま、テストだから気にしないで」
「お、おう」
ソラがいつの間にかカメラを構えていた。
クロガネは思わず背筋を伸ばし、ファイティングポーズを取る。
プロレスとは見せてなんぼ、見られてなんぼの格闘技だ。
たとえ配信を通じた形でも、その先に観客がいるのなら無様は晒せない。
慎重に間合いを測る。
敵は脆い。脆すぎる。
コンビネーションをつないでは、フィニッシュまでもってくれない。
ならば逆の発想だ。
じりじりと間合いを調整し――鋭く回転しながら跳ぶ!
空中で駒のように回り、高速のローリングソバットを繰り出す!
クロガネの踵がコーラルゴーレムの頭蓋を2体まとめて打ち砕いた。
「しゃあッッ!!」
クロガネは右拳を突き上げ、カメラに向かってアピールする。
試合数の限られるプロレス興行では禁じ手の秒殺決着だが、ダンジョンでの闘いは1試合限りではない。塩試合になりそうなら、いっそこうしてスパッと決着した方が爽快ではないだろうか。
クロガネがそんなことを考えながら勝利のポーズを決めていると、ソラが言いにくそうに口を開いた。
「えっと、クロさん。これ、配信してないよ?」
「え?」
クロガネの口がぽかんと開き、キメ顔が崩れる。
「光量とか、音声とかチェックしてただけ。それにデビル・コースケでも、ザ・フォートレスでもないのに配信なんかできないでしょ」
「お、おう。それくらい俺にもわーってるって。俺もそう、練習だよ、練習。リハーサルってやつだ」
クロガネは腕を組み、うんうんと頷いてみせる。
ソラは思わずツッコみたくなったが、なんとか言葉を飲み込んだ。武士の情けである。
第7層から9層まではこのコーラルゴーレムが主要なモンスターとなる。
クロガネは空手チョップや逆水平、バックハンドブローにラリアット、延髄斬り、ドロップキック、胴回し回転蹴り……などなど、多彩な打撃技でコーラルゴーレムを文字通り粉砕しながら第10層まで突き進んでいった。