「はあああああああああああッ!!」
戦場の騒乱の最中、継火手マスィルは他の誰よりも猛り、かつ吼えた。次々と敵を斬り捨て、立ち止まることなく走り続ける。
青いリボンで固く結った赤髪をたなびかせ、翠玉色の瞳に戦意を漲らせる彼女は、その姿自体が火焔と同等の熱気と光を帯びているかのようで、戦う姿すらもどこか絢爛でさえあった。真に火花の継火手と言えよう。
城壁の兵士とて遊んでいるわけではない。恐怖と使命感の間で板挟みになりながら必死で迎撃を行っている。逆に言えば、そんな彼らの抵抗を抜けてくるような敵は、自分たち継火手が相手にしなければならないのだ。
大股で城壁を踏みしめるグレゴリが、長い三叉槍を振り回して兵士たちを薙ぎ払っている。マスィルが目をつけるのと同時に、敵もまた突進してくる彼女の姿を認めた。
他の継火手であれば、守火手が前衛に立って身を護ってくれるのだろう。しかし、今の彼女に相棒はいない。たった一人の継火手として戦場を駆けている。
ヴィルニクが死んで以来、マスィルは常に自分に言い聞かせてきた。一人で二人分になるのだと。少なくとも彼の死を忘れられないうちは、新たに相棒を見つけるつもりも、男に甘えるつもりも無かった。
無論、周囲の人間からは何度も繰り返し諭された。守火手を持つことは継火手の権利云々、一人で二人分を担うのは無理が過ぎる云々。それが理屈の上で正しいことは認めるが、自分の心が納得しないのである。当然、死に急ぐつもりでやっているのではない。
そんな彼女の意志は、おのずと武器にも表れた。
グレゴリの突き出した槍を、マスィルは左手に装着した大盾で受け流した。
凧型の盾は優に上半身を覆うだけの面積があり、厚みも十分に備えている。戦端は聖銀製の突起になっており、直接殴りつけても十分な威力が出る。性能に比例して当然重くなるが、そこは継火手特有の自己強化と鍛錬で克服していた。
右手に握る武器もまた、以前の長柄の斧とは違った物に変わっている。戦闘が市街地や城壁の上となることを想定して片手で振り回せる戦斧に変更していた。こちらも先端が槍状になっており、打突と斬撃の両面に対応している。
敵の攻撃を回避したマスィルは、その小柄な体躯を活かし、逆にグレゴリの懐へと飛び込んだ。恐ろしげな鍵爪付きの脚が振り上げられるのも構わず、回避し、かえって不安定になった敵の脚に斧の一撃を見舞う。
ぐらりと揺れたグレゴリの胴に、炎を纏わせた盾で殴り掛かる。腹を突起が突き破り、火を点けられた枯草のように、見る間に巨体が灰へと変わっていく。
その灰を盾で煩わし気に振り払い、マスィルは周囲を見渡した。一体のアルマロスが、兵士の胸を踏みつけて剣を突き立てようとしているのが見えた。距離にして五ミトラほどはある。流石に一足飛びには助けにいけない。
「ッ!」
マスィルは盾の握りにある、小さな装置の引き金を引いた。カチリと錠の外れる音がすると同時、大きく左腕を振るう。
盾の先端が飛んだ。事前に天火を吸って燃え上がったそれが、アルマロスの顔面を貫通する。彼女が再び引き寄せると、良く訓練された猛禽のように元あった場所へと帰ってきた。
「……まさかこれで、人の命を救うことになるなんてな」
刺し殺されそうになっていた兵士が立ち上がり、槍を突き上げて礼をした。彼女も斧を掲げて返しつつ、一人ごちていた。
名無しヶ丘の戦いにおいて猛威を振るい、闇渡りの王の象徴ともなった
本来は左右一対の武器であり、一つは王を討ち取った闇渡りに褒賞として譲渡され、もう片方は回収されたものの破損が酷く放置されていた。
旧時代の技術を用いて作られた武具故に再現も修理も出来ないと思われたのである。
しかし、パルミラに残った岩堀族の技師たちが不可能を可能にした。元々ウルクの地下で古代の遺物に触れていた彼らは、そこに使われている技術についてもある程度精通していたのである。
無論完全な修復も再現も出来ない。そもそもこの強度の鋼線を作ること自体が、今では不可能なのである。
だが、射出装置に限定すれば、現行の技術でも十分実現可能である。鋼線そのものが破損しているためどうしても射程は短くなるが、何とか実用可能な程度の長さは確保出来た。
もっとも、扱いがあまりに難しいため、部分的に再現出来たとて使いこなせる者がいなかったのだ。話題には上れど、誰も使おうとしない武器となってしまった。
マスィルはそれを買い取り、自分の装備の一つとして組み込んだ。
相棒を殺した男が持っていた物を自分が使うというのは、いかにも皮肉な話だ。葛藤が無かったと言えば嘘になる。
だが逆に、この武器を使いこなしてこそ、自分が
故にマスィルはこの武器に、新たに「
この武器を持つということは、過去の遺恨も後悔も、何もかも受け容れるということだ。その上で、今よりも前に進む。ヴィルニクが命を賭してまで守った願いを叶えるために。
「見ててくれ、ヴィルニク。私は止まらないから」
感傷を振り切り、マスィルは新たな敵に向かって駆け出した。