私――継火手ユディトは、真人間だ。
常識的で、社会の規範から逸れないよう心掛けて生きてきた。家を守り、社会を守り、煌都を照らし続ける継火手としての役割を自覚している。
それを保守的だと批判するような人とは、私は話したくない。
だから、あの日カナンが出奔するまでは、あまり妹と話したくなかった。正直今でも、会って話せば終わりの無い議論を延々と続ける羽目になるだろう。そんなのはまっぴら御免だ。
家族……双子の姉妹と言っても、そんなものは人間が生涯でいくつも紡いでいく関係性の一つに過ぎない。前にフィロラオス先生が言っていたけれど、世の中には息子を愛せない母親もいれば、血縁の無い養父に尽くす娘もいる。だから、血の繋がりは大切なものだけれど、人間の全てというわけではないのだ。
私はカナンの姉として十八年間生きてきたけれど、カナンと心から分かり合うことは出来なかった。
同じ顔、同じ髪、同じ瞳……双子の私たちはうんざりするほど似通っていたけれど、内面がまるで違うことには、お互い六歳くらいのころから気付いていた。
私が髪を伸ばすようになったのは、その差異に気付いた頃だった。今では長い髪の方が綺麗に見えるから伸ばしているけど、それは当初の目的から外れている。
本当は、カナンと自分を決定的に隔てる特徴が欲しかったから。
そうしないと、私はカナンの強烈な個性に負けて、ずっと日陰に立つことになると思ったからだ。
きっと、マリオン・ゴートも私に近かったのかもしれない。
◇◇◇
十五歳になると、私とカナンは見聞を広めるという名目で各煌都をめぐる旅行に行かされた。
一人前の継火手になれば、それぞれの煌都との交渉を任されるようになる。その時のために顔を売っておく意味合いもあったのだけれど、私とカナンは純粋に旅を楽しんだ。好奇心の強いカナンにとって、煌都をめぐる旅はとても刺激的だったに違いない。ずっとはしゃいでいたのを憶えている。
私も旅をするのは嫌いではないし、エルシャ以外の煌都はそれまで訪ねたこともなかったから、カナンほどではないけど浮足立っていたと思う。何より、付き添いとしてギデオンが一緒に居てくれるのが嬉しかった。
この頃になると、生意気なカナンは露骨に私に対して気を遣うようになった。ある町を訪ねた際、歓迎会の席次にこっそりと細工をして私とギデオンを隣同士に座らせた時なんて、会が終わるまで始終ニヤニヤしていた。
宿に戻ってから「余計なお世話よ!」と怒ると、例ののらりくらりとした調子で色々言い返してきて、鬱陶しいったらない。おかげで夜通し口喧嘩をする羽目になった。翌朝には二人そろって目の下に隈が出来ていて、ギデオンに心配されたりもした。
……まあ、そんなことがありながら、私たちは旅の締めくくりとして煌都ラヴェンナを訪れた。
東の果てにある煌都ラヴェンナは、他の諸都市とは異なった文化や気風を持つ土地として知られている。
煌都を運営する政治機構は、パルミラのような例外を除いて、継火手を含む祭司達によって構成されている。私達の父親はその典型と言えるだろうし、かくいう私も指導者として将来エルシャを支配することを望まれている身だ。ただ、どこの都市でも意思決定権を一人の人間に委ねるということはない。必ず議会が設けられていて、独裁状態に陥るのを防いでいる。
ラヴェンナは唯一の例外。旧時代に使われていた君主制という仕組みが未だに機能している土地なのだ。
大きな理由は二つ。
一つ目は都市の成り立ちに依拠している。ラヴェンナは元々旧時代の要塞を基にして造られた都市で、管区内にある五つの小都市も、元々は要塞線を構成する一部だったそうだ。
世界が暗闇に包まれ、その後の百年間の安定期を乗り越える際、この土地を闇渡りや夜魔から守ったのは要塞と軍人たちだったと言われる。その影響から、ラヴェンナの君主を中心に、他の小都市を治める辺境伯が配置されるようになった。
今の世界で、政治権力が世襲化されるのは当然のことだ。何故なら、権力は継火手と共にあり、継火手はしかるべき血統からしか生まれないから。ラヴェンナが王政になり、その中枢に継火手の血脈を取り入れた時点で、この制度は絶対に崩せなくなっている。
だから、ラヴェンナの君主は、代々継火手の女性たちが務めてきた。これが二つ目の理由。
ラヴェンナ女王、すなわちゴート家の血筋には……カナンと同じように、他の継火手と異なる色の天火が発現する。
あの日私たちが出会ったエマヌエル・ゴートは、その白色金のような髪とよく似た色の天火を持っていた。