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【第八十二節/後ろめたさの理由】

「僕も連れて行ってください!」


「駄目」


 一体何度目だ、と内心うんざりしながら、イスラはトビアの申し出をはねつけた。ぐぐぐっ、と歯軋りしながら恨めしそうに見てくるトビアに、一体どうしてこんな聞かん坊になってしまったのだろう、と思った。


 カナンと決闘してからここ数日、ずっと同じことを繰り返している。カナンがパルミラとの交渉を成功させて、正式に廃墟探索が認可されてからは、一層攻勢が強くなった。明日の朝には出発する予定だが、この調子だと一晩中耳元で怒鳴り続けるかもしれない。


 イスラは着替えを荷袋に押し込むと、その口をキュッと締めた。これで必要な荷物は全てまとまった。あとは横になって寝るだけだが、その前に何とかしてトビアを天幕から追い出さなければならない。


 頭をボリボリと掻きながら、イスラは胡座を組んでトビアと向かい合った。


「前にも言ったがな、俺たちについてきてもお前が得るものは何も無い。下手したら暗闇の中を歩くだけになるかもしれないんだ。だったらその分、カナンと一緒にいて、煌都の色んな物を見た方がタメになる」


「それが、サラを助ける力になるんですか?」


「それはお前次第だろうが。活かせる何かを見つけるためにも、煌都には行っておいた方が良いんだ。お前はまだちゃんと煌都ってものを見たことがないし、そこに何があるかってことも知らないだろ。


 それに、何度も言ってるが、俺のやり方を見習うよりカナンを真似た方が絶対に良いんだ。俺は物事を深く考えられない性質だが、あいつは違う。あいつのやり方を間近で見てた方が、後々絶対に役に立つ」


 どうして自分のような単純な男を見習おうとするのか理解に苦しむ。自分はとても人の見本になれるような人間ではない。


「それでも、イスラさんはいつも、力で状況を斬り抜けてきたじゃないですか」


「本気でそう思ってるのか?」


「そうじゃないですか!」


 はあ、とイスラは溜息をついた。


「何も分かってねえな。いいか、力なんて手段の一つに過ぎないんだ。力尽くで解決出来ることなんて最初から限られている。それが分かってない奴を連れまわすなんざ、危なっかしくて出来ねえよ」


 まとめた荷物を持ってイスラは立ち上がった。天幕を出て、一緒に出掛ける仲間たちの馬車に放り込む。明星ルシフェルだけは革の鞘に納めたまま持っているが、他の武器は全て馬車の中に積み込まれていた。


「カナンのところに行ってくる。お前はもう寝ろ」


 それだけ言い残すと、イスラはトビアを残してその場を立ち去った。




◇◇◇




 ティグリス河畔の造船所には、建造途中で採算が合わなくなり放棄された船がいくつも遺っていた。中には船室がそのまま使える船体もいくつかあり、病人や老人といった、ちゃんとした居住空間の必要な人間のために開放されている。


 そのなかで、例外的にカナンのために二つの部屋が割り当てられていた。大型船の船尾楼と、それに面した寝室がそれだ。船尾楼は実質的に執務室と同じで、難民団の運営に関する重要な書類は全てここに集められていた。


 聖銀の取り扱いに並行して廃墟探索の話まで持ち上がった今、カナンの仕事量は二倍に増えていた。パルミラからの質問書や誓約書、契約書が樫の木の机の上に山積みされている。


 イスラが訪れた時も、カナンは灯火の明かりを頼りに机に向かっていた。その傍らではペトラがちょこまかと動き回っているが、人手が足りないのは明らかだ。


 彼が扉を叩いて入ってきた時、それまで肩肘をつきながら書類を眺めていたカナンの表情が、パッと明るくなった。


「あら、どうかしましたか?」


「ああ、ちょっとな……こんな時間までやってるのか?」


「ええ、目を通さなきゃいけない書類が多くて。ちょっと前に、パルミラの商人が大勢押しかけてきたことがあったでしょう? 交流が出来るのはありがたいけど、大挙してこられると、こちらも対処しきれないから、その選別をしているんです。イスラも、明日は早いんじゃないですか?」


「……俺は良いんだよ」


 そんな風に心配してくれるカナンにたいして、イスラは後ろめたさを感じていた。これから自分が頼むことも、厚かましいと言われればそれまでだ。


「それよりトビアのことだ。あいつは置いていくけど、邪魔にならない範囲で、お前の手伝いをさせてやってくれないか?」


「トビアさんを?」


「ああ。あいつも色々と力を持て余してるみたいだしな。でも、俺たちと一緒に連れまわすより、お前と一緒に煌都の光景を見た方が絶対に良いと思うんだ。だから、パルミラに行く時は、出来るだけ連れて行ってくれないか?」


「私は構いませんけど……ペトラさんはどうですか?」


「ああ、あんたの負担にならないなら、良いと思うよ。ただし、こっちの仕事も、出来る範囲でやらせた方が良いだろうね」


「悪い、頼むよ」


 それだけ言うと、イスラはそそくさと席を立った。その背中に向かって、カナンは呟くように言った。


「……イスラ、無茶だけはしないでくださいね。皆で無事に帰ってきてください」


「ああ、俺だってそうするつもりだ。大体、本当に危険な場所かどうかも分かってない。何の収穫も無くても、がっかりするなよ」


「がっかりなんてしませんよ。私は……おやすみなさい、イスラ。明日から頑張ってください」


「ああ。お前もな……」


 二人の挨拶は、それぞれ曖昧なものになってしまった。微妙な気まずさを引きずりながら、イスラは執務室を後にした。

 言い淀んだ時のカナンの表情……気疲れや心細さを、笑顔で上塗りしたような顔が、天幕の中で横になっても消えずにいた。


「……だからって、ここで俺に何が出来るんだよ……」

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