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【第五十八節/予期せぬ合流 上】

 カナン一行とタロスの衝突に平行して、イスラとギデオンもまた、激闘の渦中に居た。


 イスラは追いかけてくる不死隊アタナトイから逃げ回りながら、隊列をはぐれた敵だけを狙って攻撃を繰り返した。すでに三人を倒し、残りは二人。


 円形構造物から飛び降り、真下の配管に着地する。生き残った不死隊の兵士たちは、恐怖の色などまるで見せずに追撃してくるが、不安定な足場の上でイスラほど敏捷に動くことは出来なかった。


 短剣を投擲、盾で弾かれる……そうして自分で自分の視界を失った兵士に、イスラは猛然と襲い掛かった。


 連続でファルシオンを振るい、敵兵士を追い詰めていく。受ける側は足場に意識を割かざるを得ないため、どうしても守りが疎かになった。


「そこっ!」


 ファルシオンの切っ先が脇腹を抉る。態勢が崩れたところですかさず連撃を叩き込み、息の根を止める。


 絶命し、堕ちていく兵士の手から剣をもぎ取り、二刀を携えてイスラは最後の敵に襲い掛かった。こんな不安定な足場の上は、イスラにとって文字通り独壇場だ。


「くたばれェ!」


 最後の不死隊は粘りに粘った。イスラの粗暴なまでの乱撃を受け止め、時には反撃さえ試みる。だがそれも、イスラに股間を蹴りあげられるまでしか保たなかった。


「…………」


 急所を潰されてなお、無言を保つことにイスラは感嘆したが、それで手を緩める気は無い。敵は、一度殺すと決めたら絶対に仕留めなければならない。半端な情けは命取り。それすら覚悟せずに剣を持つのは愚か者のすることだ。


 硬直した敵に二刀を振り下ろす。肩から腹にかけてバッサリと斬られた不死隊兵士は、やはり断末魔も漏らさず奈落へと堕ちていった。


「……よし」


 剣の血糊を振り払い、イスラはギデオンの元へ向かった。




◇◇◇




 ギデオンは、ホロフェルネスを圧倒していた。


 にもかかわらず、彼は劣勢だった。


「そらそらどうしたァ! 俺ァまだまだ死ねるぜ!? ヒャハハハハハ!!」


「……!」


 ホロフェルネスの攻撃を回避し、腹、心臓、首に三連突きを叩き込む。だがホロフェルネスは明らかに、ギデオンに殺されることを愉しんでいた。


「そォら!!」


 懐に潜り込んだギデオンを巻き込むようにホロフェルネスの剣が唸る。それに当たるようなギデオンではないが、彼の立ち位置は確実に後退を強いられる。


 逃げ場が無くなれば、さすがにギデオンでも捌き切れない。


 ホロフェルネスの厄介な点は、いくら致命傷を負わせても回復することだが、そもそも痛みを感じていないかのように動くのが異常だ。不愉快さを押し殺して、あえて激痛を覚えるような攻撃をしてもみたが、ホロフェルネスを悦ばせるだけで一向に効果が無い。


「全く、貴様は最低の敵だ!」


「おう、アリガトよッ!」


 一見、被虐趣味を満たすために行動しているように見えて、真に致命的な攻撃は確実に防ぐ。さすがに首を刎ねれば死ぬだろうと思ったが、四肢欠損だけは確実に回避するのだ。そういう小賢しさと、全てを薙ぎ払うような怪力が同居している点が、ホロフェルネスの厄介さの所以なのだ。


「おい、何手こずってやがる!」


 飛び出してきたイスラが一直線にホロフェルネスへと斬りかかる。ホロフェルネスは二刀の斬撃を背中で受け止めると、強烈な回し蹴りでイスラの身体を蹴り飛ばした。


 その隙を逃さずギデオンは首を刎ねようとする。「おおっと!」ホロフェルネスは片腕を差し出して首を守った。


 千切れかけた腕がプラプラと揺れる。ホロフェルネスは、まるで泥人形を捏ねるように傷口を押さえつける。即座に黒い天火が燃え上がり、腕を元通りに繋げ直した。


「何だこいつ、気色悪い!」


「全くもって同感だ」


「ひっでーなお前ら。揃いも揃ってボロクソに言いやがって」


 繋がった手首をグルグルと回しながら、ホロフェルネスがボヤく。


「が、ニ対一はちと不利だな。部下も全員殺られちまったし、そろそろ幕引きと行こうかい!」


 ホロフェルネスは片手で大剣を持ち上げ、頭上で掲げた。「こいつは驚くぜ」刀身の表面に生えた鱗や爪がうごめき、その間隙から黒い天火が噴き出す。


「ッラア!!」


 ホロフェルネスが振り下ろすと同時に、刀身から無数の刃が放たれた。


「何だと……!」


 刃の雨はギデオンの真正面から襲い掛かった。さしもの彼も、これは捌き切れない。


 ギデオンは走って射線から逃れる。だが、ホロフェルネスは薄笑いを顔に貼り付けたまま、左手の人差し指を軽く振った。


 一度標的を失った刃の雨が、空中で急転回する。ギデオンの死角だ。「おい、後ろ!」立ち上がったイスラが叫んでいなければ、ギデオンの反応も遅れていただろう。転がって、何とか事無きを得る。


「おい煩ェぞ。餓鬼」


 刃の雨が、今度はイスラに向かって放たれる。彼もまたギデオンと同じように回避行動を取るが、ホロフェルネスの空飛ぶ刃は、各々が意思を持っているかのように対象を追い掛け回す。


「……それなら、よォ!」


 イスラは走る方向を変え、一直線にホロフェルネスへ向かって駆けていく。「ハッ!」ホロフェルネスの大剣が唸る。その切っ先が触れるか否かというところで、イスラは全力を振り絞って跳んだ。


 まるで走り高跳びでもするかのように、背中を逸らし、ニミトラ以上の高さを跳び越える。無論、そんな隙だらけの行動を許すホロフェルネスではないが、この時は事情が違った。


「お?」


 イスラに向かって飛んでいた空飛ぶ刃は、そのままホロフェルネスの身体の前面に直撃した。顔、首、胸、腹、それぞれに無数の刃が突き刺さる。


「お、おおっ!?」


 硬直したホロフェルネスに向かって、ギデオンが神速の踏み込みで接近する。ホロフェルネスは、半ば反射的に上体を逸らして斬撃を回避したが、ギデオンは手を緩めない。


 再度の踏み込みと共に右薙ぎを繰り出し、間髪入れず袈裟斬り、逆袈裟斬りを連続して叩き込む。


 ホロフェルネスは瀕死の鶏のようにふらつき、逃げ回るが、ギデオンは冷酷なまでに敵を打ちのめした。


 常人ならば、最初の一刀で臓腑を撒き散らしている。ましてや連続しての袈裟斬りなど、過剰殺傷にも程がある。


 だが、それでもホロフェルネスは死ななかった。


 大剣が唸り、地面にその切っ先をめり込ませる。危険を感じたギデオンは攻撃を切り上げ後退するが、その直後、ホロフェルネスの剣から黒い天火が噴き出した。その威力は凄まじく、爆音とともに砕け散った石片がギデオンの顔にまで飛んできた。


 ギデオンは外套を翻して身を守るが、いくつかの破片が顔や手を切り裂いた。


「……やってくれたぜ。ここまで追い込まれるたァ……」


 爆炎の向こうで、ホロフェルネスがゆらりと上体を揺らした。その身体から、彼自身の放った刃が押し退けられる。ズタズタの胸や腹さえ、すでに天火の力によって蘇ろうとしていた。


 だが、その回復速度は明らかに遅くなっている。まだ残量があることは確かだが、無限でないことだけは証明された。


 それでも、ギデオンは少しも油断していなかった。


 ホロフェルネスの顔から薄ら笑いが消えている。それは彼が余裕を失った証拠でもあるのだが、なおもギデオンとイスラを打倒し得る切り札があることを匂わせていた。


「悪いが……まだまだズルさせてもらうぜ」


 黒い天火に包まれた大剣が、徐々にその姿を変えていく。否、むしろ本来の姿に戻りつつあると言うべきか。ギデオンは、ホロフェルネスの剣の奇抜な意匠の本質を見抜けていなかった。


 だが、一体どこの世界に、鰐の如く顎門あぎとを開く剣があるというのか?


 ギデオンとイスラが、爪か鱗のように見ていたそれは、一列に並んだ牙だった。怒りの吐息を漏らすように開口部から黒い天火が放たれ、地面に焦げ跡を作っている。


「焼け死ねェ!!」


 ホロフェルネスの絶叫と共に、大剣の開口部から天火の奔流が垂れ流された。


 それは術や技といった上品で体系的なものではない、純粋暴力の発露だ。いかなる敵、いかなる問題をも焼滅・・せんとする圧倒的な憎悪そのものだった。


「くっ……!」


 ギデオンは戦場を走り回るが、ホロフェルネスは薙ぎ払うように剣を振るう。彼自身の動きも制限されるのか、動作は緩慢だが、いつかは絶対に追い詰められるだろう。


「手前!」


 その背後からイスラが飛び掛かった。ファルシオンで首筋を狙うが、ホロフェルネスの裏拳がそれを弾く。骨を断たれる感触が伝わってくるが、ホロフェルネスにとっては微塵も問題ではない。


「鬱陶しいぞ糞餓鬼!!」


 膝蹴りを叩き込まれ、身体を折ったイスラの頭上に大剣が掲げられる。


「逝っちまいなァ」


 瘴土の闇を焦がすが如く、ホロフェルネスの天火が巨大化する。彼の頭上で塔のように高くなったそれが、イスラに向かって振り下ろされる。


「闇渡りッ!!」




 ――死ぬ、か? ここで?




 これまで何度となく死線を潜り抜けてきた。痛めつけられ、地面を這いずり回った経験は数え切れない。それでも生存を諦めたことは一度も無かった。


 だが、今……逃れられない死を目前に、イスラの理性は思考を停止していた。カナンと出会ってから、ひさしく感じていなかった絶望。それが、再びイスラの心に覆い被さった。


 だから、無駄と分かっていてもファルシオンで防御しようとしたのは、彼の本能がさせたことだった。


 戦士として、人間として、心は折れかけていても本能だけは健在だった。



 それが、イスラの命運を分けた。



 視界の端、ちょうどホロフェルネスの足元に当たる箇所。そこが赤熱している。


「ッ!!」


 イスラはあらん限りの力を振り絞って、その場から飛び退った。ホロフェルネスは動かない。その程度の距離など、射程の内だからだ。



 故に、地面を貫いた光線が左腕を切り飛ばすまで、自分が危機の中にあることに気付かなかった。



「……ンあ?」


 動物的本能は、元闇渡りであるホロフェルネスにも備わっていた。即座に反応しその場から移動するが、光線は彼を追いかけて足場を切り取っていく。


 ギデオンはその間にイスラの元へ駆け寄った。呆けたままの彼の顔に平手打ちを入れ、正気を取り戻させる。


「大丈夫か?」


「あ、ああ……あれは一体」


 だが、決して彼らが安全だったわけではない。


 地面が揺れる。やばい、と二人揃って思いはしたが、円形構造物の崩壊を止められるわけでもない。


「お、おおおおっ!?」


 地響きを立てて足場が崩れていく。張り巡らされた管を砕きながら、円形構造物の残骸は動力塔の上部をぶち破った。

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