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【第五十六節/千傷のホロフェルネス 下】

 十人の不死隊アタナトイが一斉に襲い掛かってくる。それに対して、イスラとギデオンの取った行動は全く逆だった。


 イスラは地面を蹴り、ファルシオンを大上段に振り上げて、真正面から迫る敵に向かって突っ込んだ。不死隊の兵士は鉤爪付きの盾を構えて受け止めようとするが、それこそイスラの読み通りだった。


 イスラが剣を振り下ろす。が、その軌道は敵に届く直前で空振りした。しかしその空振りこそがイスラの攻撃動作だ。


 腕を振り下ろす速度に突進の勢いを乗せ、相手の隙だらけの脚に回し蹴りを食らわせる。不死隊戦士が大きく姿勢を崩した。まだ相手が倒れ切らないうちに腹部を踏みつけ、包囲の外側に向かって跳んだ。


 すかさずファルシオンを叩きつけて仕留め、向かってくる敵に対し剣を構えた。


 一方のギデオンは、一歩も動かない。正眼に剣を構えたまま、五人の敵が飛び掛かるのを待った。


 不死隊の剣と爪が迫る。全部で十の刃に一瞥をくれた次の瞬間、彼は嵐の如く剣を振るった。


 まずは正面の敵。一歩踏み込み、胸甲もろとも心臓を穿つ。不死隊の兵士は馬にでも撥ねられたかのように宙を舞った。その時には、ギデオンの剣は二人目の不死隊の剣と爪をまとめてへし折り、返す刀で反対から迫っていた敵の腕を斬りとばす。剣閃は水流の如く澱みなく流れ、四人目の胴を逆袈裟に斬り上げ、五人目の額を砕いた。


 瞬く間に三人の兵士が絶命、二人が無力化された。


 ホロフェルネスが口笛を吹いた。


「凄えな、大したもんだ。それなりに腕の立つ連中を連れてきたのに、この有様かよ」


「いい加減に口を閉じたらどうだ。底の浅さを露呈するだけだぞ」


 生き残った兵士がギデオンに襲い掛かるが、彼は視線さえ向けずに斬り捨てる。この程度の敵ならば何人来ようと問題ではない、だがホロフェルネスだけは違う。ギデオンは挑発を繰り返すが、内心では、この男が尋常ではない相手であると直感していた。


「喋るの好きなんだけどな……まあ良いや。手前がそこまで言うんなら、一丁やってやろうか……よっ!」


「……」


 爆発的な勢いで突進してきたホロフェルネスが、その手に携えた大剣を振り下ろした。


 ギデオンは思考し、即座に回避に移る。左に一歩だけ移動し軌道から離れる。


 そうすれば、次に敵はどうするか……もちろん刃を返し斬り上げるだろう。


 それを抑え込む。


 だが、ホロフェルネスの力はギデオンの予想を超えていた。


「ッ!」


 剣が弾き返される。ギデオンは体幹を崩さずに後退するが、ホロフェルネスの斬撃はまだまだ続いた。


 ギデオンの剣閃が風とすれば、ホロフェルネスのそれは炎の如く苛烈だった。全てを巻き込み破壊する一撃はギデオンでさえ持て余すものだ。しかも、それを連続で放つ上に、常に身体の中心を覆うような形で振るっている。故に、ギデオンの反撃も局所的なものにとどまった。彼は無傷で、ホロフェルネスはちらほらと出血しているが、いずれも致命傷ではない。どころか、常に後退させられているのはギデオンの方だ。


 動かされる、というのは好きではない。だが、ホロフェルネスの膂力は常軌を逸している。


 連続刺突、さらに隙を見せずに横薙ぎに派生。一歩下がりつつ袈裟斬り。敵の全ての攻撃は有機的に繋がっている。だが、一ミトラ半もある鉄塊をこれだけ軽々と振り回せるものではない。


「どうしたどうしたァ!?」


「……面倒だな」



 ――ならば、一気に終わらせる。



 床の石材を砕きながら、ホロフェルネスの剣が真下より迫る。もし直撃すれば、ギデオンとてただでは済まなかっただろう。あるいは、そのまま奈落に向かって吹き飛ばされたかもしれない。



 だが、そうはならなかった。



 ギデオンの姿が消える。



 ホロフェルネスは一瞬我が目を疑い、そしてすぐに、振り切った己の剣に目を向けた。


 ギデオンは刀身の上に着地していた


「終わりだ」


 閃光の如く、ギデオンの剣が走る。


 それに反応し、咄嗟に回避行動をとったホロフェルネスも並ではないのだが、ギデオンの一閃を完全に避けるには至らなかった。


 ホロフェルネスの太い首筋に太刀傷が入り、一瞬の後、噴水のように血が噴き出した。


 着地したギデオンは血を払い、外套の裾で刀身を拭う。イスラの方はどうなっているか、一瞬意識が逸れた。



「……まだだぜ?」



 危機を告げたのは、長年に渡って鍛えられたギデオンの戦士としての勘だった。


 あと少し反応が遅れて入れば、ギデオンは永久に左腕を失っていたかもしれない。


 ホロフェルネスの振るった剣が、ギデオンの左腕を抉った。鮮血が散り、瞬く間に服の袖を濡らしていく。だが、痛みより驚愕の方が優っていた。


「油断したなあ、ったと思ったか?」


 ホロフェルネスの首回りは赤く染まっている。だが、そこに在るべき傷は完全に塞がっていた。最初からギデオンの斬撃など当たっていなかったかのように。


「お前凄えよ、あんなにバッサリやられたのは初めてだぜ。あの斬り返しと言い、他の雑魚じゃ到底」


 ギデオンは、ホロフェルネスの喋りに付き合うつもりは無かった。


 全身から力を抜く。脚に発生させた力を途切れることなく全身に伝播させ、静から動へ、一気に加速させる。その神速の踏み込みと同時に、ギデオンは剣を振るった。人間の視力では捉えることさえ困難だろう


 長剣がホロフェルネスの脇腹を斬り裂いた。後方へと駆け抜けたギデオンは、返す刀で敵の背中に切っ先を突き立てる。まだ終わらない。敵が振り返るより早く連撃を叩き込む。いずれも致命傷となりうる鋭さを持っていたが、そうして殺されながら・・・・・・もホロフェルネスは反撃を敢行した。


「ラアアアアッ!!」


「チッ!」


 薙ぎ払いを回避しつつ、ギデオンは一旦後退した。


 ホロフェルネスの全身は、彼によって浴びせられた太刀傷によって真っ赤に染まっている。


 脇腹の血管を断ち、肝臓に突きを見舞った。背中に二太刀、側頭に一撃、いずれも即座に絶命してもおかしくない傷だ。


 その傷痕の内側から、血潮に変わり黒い炎が噴き出した。それが、まるで傷口を焼き止めるかのように即座に塞いでいく。


 血塗れの顔を嬉々として歪ませながら、ホロフェルネスは舌なめずりをした。


「悪いなあ、ズルしちまって」


「その黒い炎は……秘蹟サクラメントか?」


「おうよ、ただし規格外の、な? 凄えだろ、死んでも平気なんだぜ? まさに甦り……転生を司る神の力ってわけよ」


 ま、傷痕が残らねえのが玉に瑕だけどな。などと言って、ホロフェルネスは呵々と嗤っている。


 ギデオンは考える。いくら天火アトルが聖なる力と言え、一度死んだ人間を甦らせる力などありはしない。それが出来てしまったら、それこそ神の力とでも言うべきだろう。


 恐らく、ホロフェルネスが言うほどに絶対的な力ではない。死んでから復活しているのではなく、人間が死に落ちるまでの一瞬の間に回復させているのだ。


 それにしても、恐るべき力という他ない。


 ユディトはもちろん、カナンの蒼い天火でも、これほどの回復力を示すことは不可能だ。何より、連続で使用しても衰えを見せない。一体どれほどの力をこの男に与えたのか。


「狂人に刃物……その上、炎か」


 この男の背後に何者が控えているのかは分からない。所詮、その人物にとっては、ホロフェルネスも己の力を映すに過ぎないのだろう。


 だが、それがこの男を野放しにする理由にはならない。


「結構」


 ギデオンは外套の一部を裂いて、左腕の傷口に巻き付けた。剣を顔の前に構え、刀身に己の顔を、その向こうに敵の姿を見据える。


「貴様のような敵ならば……も遠慮する必要は無い。その天火が貴様を甦らせるというなら、死ぬまで殺し続けるまでだ」


 ホロフェルネスは口の端を釣り上げた。


「そりゃ重畳。さ、続けようや」

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