坂を下り切ったイスラたちの前に、直径ニ〇ミトラほどの円形の構造物がいくつも浮かんだ、奇妙な空間が現れた。
それらの円形構造は、各々が小さな橋や階段によってつながれており、自由に行き来することが出来る。また、下部には巨大な管が取り付けられていて、真下にある建物と接続されていた。
「……似てるな」
イスラの脳裏にアラルト山脈の大発着場の光景が蘇った。異なる部分は多々あるが、両方の場所が、同じ用途を目的として造られたのだと分かる。構造物にはそれぞれ魔法陣のようなものが刻まれているが、稼働しているものは一つも無い。
ついでに言えば、状況も似ている。あの時も人間に襲われていた。今回もそうだ。
階段を登り、先に続く道が無いか探す。だが、円形構造物の突き当たりは暗闇だった。
逃げられるのはここまでだ。
「……やむを得ん」
ギデオンが剣を抜き放つ。イスラも腰のファルシオンに手を伸ばした。
階段の陰から抜刀した
ギデオンの剣が閃き、先頭の一人を袈裟に斬る。続く二人目には、ギデオンの後ろから突進したイスラが当身を食らわせ、怯んだ隙に首筋を斬り裂いた。
だが、不死隊はまだまだ現れる。仲間の骸を踏み越えて二人のいる円形構造物に登り、その縁に沿う形で包囲した。
数は十。そして、最後の一人が勿体ぶるような調子で階段を登ってきた。
巨躯の持ち主だった。背丈はギデオンと同じく一・九ミトラ(約一九〇センチ)ほどだが、全体に筋骨隆々といった身体つきで、胸、肩、腕、いずれも山のように盛り上がっている。肌は火葬直後の骨のように白く、その表面には数え切れないほどの傷跡があった。両腕には炎を模した刺青が彫られている。
髪は全て剃り落としてある。頭部にもくまなく傷があり、逆に、目鼻といった顔の中心だけ無傷なのが、かえって異様に映った。
だが何よりも特徴的なのは、男が無造作に持った大剣だ。刃渡りは優に一ミトラを超えており、刀身の分厚さや幅広さも既存の物と全く異なる。強いていうなら巨大化した伐剣といったところだが、異様なのは、その表面に爪、あるいは牙のような意匠が無数に彫られている点だ。
その切っ先を地面に押し付け、男は首の骨を鳴らした。
「妙な連中だな」
出し抜けに男は言った。
「普通、こんな瘴土の底まで潜りゃあ、ビビって気が狂うか、夜魔に引き裂かれるんだがな。手前ら見た所、全然怖がっちゃいない。一体
「答える義理はあるまい。……が、私は貴様を知っているぞ。千傷のホロフェルネス」
男はからかうように口笛を吹いた。
「ハッ、案外俺も有名人だったんだな。意外だぜ」
「様々な煌都に出没し、辻斬り凶行を繰り返した貴様の名前を、そうそう忘れるものか」
「ンだよ、ただの小悪党じゃねえか」
イスラが吐き捨てる。ホロフェルネスは「やれやれ」とでもいうかのように肩を竦めた。
「悪党には違いない。が、老若男女問わず百人単位で殺した殺人狂ともなれば、放ってはおけん。しばらく目撃情報が絶えていたから野垂れ死んだと思っていたが……まさか、こんな場所で生き延びていたとはな」
「おいおい、老若男女って言やぁ、俺が無節操に殺しまくったみたいじゃねえか。誤解のある認識だ、訂正を求めるぜ」
「知るか」
「まあ聞けよ。俺ぁな、戦士にとって傷以上に尊いものは無いと思ってる。一生モノの傷は、そいつが潜り抜けてきた人生の証なんだよ。闘争の痕跡……そこに全てがある。
だからこそ俺は生地を選ぶ。軟弱な肌を斬ってもしょうがねえ。ジジイやババアなぞもっての他だ。
戦士は傷を負って死ぬべきだぜ。だから最後の傷は最高のものでなくちゃならない。言ってみりゃ、人生芸術の頂点だ。どんなに滅茶苦茶になっていようが、その有様自体が美なんだよ!」
ホロフェルネスは両手を広げ、半ば恍惚とした表情で持論を開帳している。
無論、二人にとって到底許容出来るものではなかった。あの敵の信念を放っておけば、自分たちの次にまた別の人間が手に掛けられることになる。様々な意味で、見逃すことの出来ない相手だった。
だから、周囲を取り囲まれているにも関わらず、イスラとギデオンの意識は「攻め」に向けられていた。
「……おーい、聞いてっか?」
だが、それを見逃すホロフェルネスではない。天井を仰ぎ役者のように両腕を開いているが、その目線は常にイスラとギデオンを捉えている。
「やる気か。そりゃ良いや。ここまで来てヘタれてもらっちゃ、拍子抜けだもんなあ!」
「長広舌に聞き飽きただけだ。……闇渡り、六対五だぞ。貴様は五人だ」
「ハッ、逆にしてやっても良いんだぜ?」
「駄目だ、貴様にはまだ荷が重い。……行くぞ」
「おうっ」
ギデオンの合図とともに、背中を向けあった二人は各々の敵に向かって突進した。