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【第四十六節/秘史】

 バルナバは二人を席に着かせると、ウルクの歴史を語り始めた。


「この煌都ウルクは、世界が闇に閉ざされる以前から、魔法によって大変栄えた都市でした。貴女がたも見たと思いますが、我々が大坑窟と呼ぶあの縦穴は、世界の各地にあった『発着場』の一つです。人や技術や富が集まったウルクは、世界に冠たる大都市であったと伝えられております。


 我々岩堀族は、代々ウルクの技師として技術を継承してきました。祭司である貴女には、あまり感心出来ないでしょうが……」


 彼の言うとおり、現在の煌都の支配者たちは、人間が魔法の乱用によって神の怒りを買ったとしている。魔法そのものと、それに関する者たちは、煌都の価値観からすれば「悪」であった。


 だが、カナンは何も言わなかった。肯定も否定も言葉にはしなかったものの、彼女の穏やかな表情を見れば、答えはどちらにあるのか一目瞭然だろう。バルナバは溜息をついて続けた。


「ウルクが栄え、我々がなおもこの地に留まったのは、地下に大規模な聖銀の鉱脈があったからです。我々は坑道を生活の場とする一族であり、この地を離れて新たな鉱脈を探すことは、あまりに困難でした。また、ウルクの支配者たちも、産出される聖銀がもたらす富を手放そうとはしませんでした。我々の利益は一致したのです。


 そういうわけで、我々はこの封じられた大坑窟を与えられ、地代として聖銀を供出し続けてきました。……見たところ、貴女が帯びておられる細剣も、聖銀で出来ているようですな。少し拝見しても?」


「ええ、お願いします」


 バルナバは剣を抜いて刀身を検分した。やがて小さく唸り、カナンに返した。


「だいぶ混ぜ物が多いですな。聖銀一に対し鉄が九といったところです。それと、扱いもかなり荒い。かなり傷んでますな」


 それはイスラのせいだ、と抗弁したかったが、言っても仕方がないので、カナンは黙った。少し納得出来ないような気もしたが。


 愛刀が混ぜ物だらけと知ったのはいささか残念だったが、それでもこの剣で蛇百足の夜魔やティアマトを倒せたのだ。聖銀がいかに優れた物か、カナンは体験を通して知っている。


「話が逸れましたな。そう、聖銀についてじゃ。我々の生活は窮屈ながらも安定しておりました。もう数百年にもなりますかな。その間、聖銀はウルクの官僚によって管理され、都市の財源となってきました。


 ところが、この百年で聖銀の鉱脈が枯れ始めたのです」


「この坑道も、その名残ですか?」


「左様。それらは徐々に、しかし確実に進行していきました。四十年ほど前にはもうほとんど出なくなり、現在はご覧の通りです。


 そこで、ウルクは戦略を変えました。つまり、他の都市への商品を、聖銀から旧時代の遺物へと切り替えたのです。それ自体は以前からも行われてきたことですが、規模は格段に大きくなりました。


 ……我々はその動きに協力しました。我々はずっと地下に篭ってきたため、他よりも遺物の扱いに精通しております。逆に言えば、ここを離れて生きてはいけないと思っていた。


 今思えば、浅はかなことです。ウルクの地下にいくら多くの遺物が埋まっているとは言っても、聖銀の埋蔵量より多いわけがない。ただの一時しのぎにしかならない。そんなことは、皆分かっておりました。我々も、ウルクの官僚たちも」


「……煌都ウルクが急激に遺物の売買を活性化させたことは、エルシャにも聞こえていました。まさかそんな事情があったなんて……」


 眩暈がするほどに壮大な話だった。ウルクを煌都たらしめてきたのは、彼ら岩堀族の数百年にわたる献身の結果だったのだ。

 だが、それならそれで、新しい疑問が沸いてくる。


「遺物の発掘や扱いに岩堀族が必要というのは分かります。でも……ここには普通の人間の方がはるかに多い」


 カナンは坑道に居並ぶ人々を一瞥した。ここに居る面々だけではない、この地下都市全体に住まう人間の数は、煌都ほどではないにせよ、下手な町よりも遥かに多いだろう。


「彼らは一体どこから来たのです?」


「連れてこられたんだよ」


 サイモンが口を挟んだ。今度はオルファも制止しなかった。ほかの人々もかすかにうなずいたり、溜息をついたりしている。


「サイモンの言う通りです。彼らは連れてこられた人々じゃ。村一つ丸ごと連れてこられた者たちもおれば、街道を歩いていて攫われた者もおる。些細な罪や冤罪からここに閉じ込められた者も少なくない」


「何てことを……」


 震える声でカナンは呟いた。だが、彼らの語ることこそ現実であり、彼女もまた、同じ現実に直面しているのだ。


 エルシャを出て一月半ほど。その間に、どれほど多くのことを知り、また驚かされただろう? 自分の知っていることや想像出来ることなど、微々たるものに過ぎないのだと嫌というほど思い知らされたはずだ。それでも、これほどに非現実的な事実を突きつけられたのは初めてだ。


「……その攫われた人たちの中には、風読みの一族もいますか?」


 硬直するカナンの後ろから、トビアが声を上げた。彼女も薄々予想していたが、トビアも同じ疑問にたどり着いたようだ。


 風読みの里から若衆が連れ出されたのは二十年前。口実はウルクで働くためであったが、この状況を見るに、そのまま地下へと連れ去られた可能性は高い。


 そして、バルナバが首を縦に振ったことで、予想が正解であったことが示された。


「彼らもまた、この大坑窟の囚人に加えられておる。もうだいぶ数を減らしてしまったが、今でも生き残っている者もおる。君には辛い話かもしれんが……」


「…………」


 バルナバの言う通り、仲間が生きていたと素直に喜ぶ気にはなれなかった。彼らがこの地下都市で何をやらされているかは知らないが、決して幸福にはなっていないだろう。


「一体、誰がこんなことを指示したのですか? ウルクの官僚組織の決定なのか、それとも」


「昔はそうで、今は違う、といったところですな。貴女は、この地下を照らす黒い天火アトルを見ましたか?」


「はい」


「あの燈台と天火が加えられたのは、ほんの十数年前のことです。今の大坑窟の支配者……大神官ベイベルの執政が始まった頃からになります。それまでは地上から持ってきた天火が使われておりましたが、現在ではあの女一人の力によって維持されておる」


「あれだけの天火を一人で? そんなことは不可能です。小規模な燈台ならともかく、あの大きさの天火を一人で維持し続けるなんて」


「ですが、あの女にはそれが出来るのです。

 生まれ落ちたその瞬間から、あの女の持つ天火は異常でした。そのことについては、儂よりもペトラの方が詳しいでしょう」


「ペトラさんが?」


 カナンが振り返ると、ペトラは軽く肩をすくめた。「んん?」違和感を覚えたカナンはバルナバに尋ねる。


「……おかしくありません? そのベイベルって人が何歳か知りませんけど、ペトラさんがどうしてその人の生まれに立ち会ってるんですか? 歳が合わないんじゃ……」


 ポン、と背中を叩かれた。ペトラの頭は、座ったままのカナンの視線よりもやや下にある。見た限り、あどけない少女といった風貌だが……。


「いつ、あたしが子供って言った? これでも四十過ぎだよ」


「は、はあ……って、ええ!?」


 カナンの素っ頓狂な叫びは、反響しながら坑道の奥へと消えていった。

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