【百花宮 厨房】
イスラ「小麦粉は……っと、ここか」ゴソゴソ
ユディト「何をしてるのですか?」
イスラ「料理。これから長丁場になるだろうから、弁当作っとくんだよ」
ユディト「それは構いませんけど、せめて私に一言入れてからにしてください。可哀想に、厨房の女の子が怖がって泣いていましたよ」
イスラ「俺がそんなにおっかないか?」
ユディト「人相の悪さは尋常じゃないですね」
イスラ「……そういうズケズケとした物言い、あいつと良く似てるぜ」
ユディト「一緒にされるのは心外です。で、何を作ってるんですか?」
イスラ「ベーグルだ。日持ちが良いし、かさばらない。生地に他の食材を混ぜれば栄養分も保てる。例えばこれとかな」つレーズン
ユディト「また勝手に持ち出して……でも、干し葡萄入りのベーグルは美味しそうですね。他にも何か入れますか?」
イスラ「割と何でもいけるぞ。ニンニクと刻みタマネギを混ぜたり、シナモンとか芥子を入れるって手もある」コネコネ
ユディト「手際が良いですね。食事の準備は、全部貴方がしているのですか?」
イスラ「全部ってわけじゃないよ。あいつもずいぶんマシになってきたし……合流出来たら、一度あいつに作ってもらおうかな」
ユディト「……少し、あの子が羨ましいです」
イスラ「何で?」
ユディト「だって、二人で協力してるって感じがするもの。私は、身の回りのことは全部侍女がやってくれるし、そもそもギデオンは私の助けを必要とする人じゃないですから……」
イスラ「ふむ……」コネコネ
ユディト「……」
イスラ「……」コネコネ
ユディト「……」
イスラ「……作ってみるか?」
ユディト「!」
◇◇◇
イスラ「まあ、そんな難しいモノじゃない。気楽にやろう。まずは小麦粉とパン種、塩、それから蜂蜜を入れる」
ユディト「蜂蜜ですか?」
イスラ「当然。蜂蜜抜きで、どうやって味付けするんだよ」
ユディト「こんなものがあります」コト
イスラ「……何だ? この白いの。
ユディト「違いますよ。まあ、ある意味薬と言えるかもしれませんね。これは砂糖です。しかも、煌都パルミラの神殿で作られる秘伝の上白糖」
イスラ「マジで!?」
ユディト「黒糖ならそれなりに出回っていますが、白砂糖は超高級品……煙草以上の華奢品です。闇渡りの貴方が知らなくても、無理はないですね」フフン
イスラ「これが砂糖……話には聞いてたけど、実物を見るのは初めてだ」
ユディト「一匙、舐めてみます?」
イスラ「良いのか?」
ユディト「せっかくですから。でも、本当に一匙だけですよ。たくさん使ったら厨房長が卒倒します」
イスラ「甘い白銀って表現は伊達じゃねえな。それじゃあ……」ペロ
イスラ「…………ッ」
ユディト「描写文が無くて良かったですね。二十万字かけて作ったイメージが壊れそうな表情ですよ」
イスラ「メタネタはやめろ!」
ユディト「それはともかく」
イスラ「流すなよ」
ユディト「材料は揃ってます。続けましょう」
イスラ「……何だか調子狂うな。まあいい」
イスラ「そこのボールに、さっき言った材料を入れて混ぜ」
ユディト「えーい!」バッフォ!
イスラ「……」
イスラ「次に水」
ユディト「やー!」ジャボボボ!!
イスラ「捨てろ」
ユディト「何で!?」
イスラ「見て分かれ!」
イスラ「アホかお前! ベーグルだろうが何だろうが、こんなに水を入れたらグズグズになるだろうが! 粥でも作る気か?」
ユディト「だ、だって沢山作った方が良いと思って……」
イスラ「弁当代わりだぞ。そんなに持っていけるかよ。作り直しだ」
◇◇◇
イスラ「生地の成形が終わったら、丸めて一本の棒を作る。そいつの両端を繋げて円を作り、指で真ん中を軽く押し開ける」
ユディト「出来ました!」
イスラ「うん、何で三角形になってるんだろうな」
◇◇◇
イスラ「生地を発酵させてる間に、茹でる準備と窯の予熱を済ませておく」
ユディト「我が
イスラ「……
ユディト「愛情が籠るかな、と思いまして」
◇◇◇
イスラ「茹で過ぎはマズいが、焦るなよ。冷静に、慎重にひっくり返して……」
ユディト「あっ!」つるん
ベシャ。
ユディト「…………」
イスラ「……最初から……だと……?」
◇◇◇
イスラ「たかがベーグルで、こんな目に遭うなんて……」
ユディト「ごめんなさい……」ショボーン
ユディト「私、不器用で……カナンみたいに要領良く動けなくて……」
イスラ「確かに、あいつは何でもソツなくこなせるな」
イスラ「ウサギの毛の
ユディト「うぅ……」
イスラ「でも、あいつがそんなに楽に生きてるようには、どうしても見えないな」
ユディト「それは」
イスラ「旅をしてるって意味じゃない。精神的な問題だよ」
イスラ「いつもは楽観的だけど、一度落ち込んだり、悩んだりすると、どんどんドツボにはまってく。他人が絡むとなると、責任感を勝手に背負い込んで、結局は自分を苦しめる」
イスラ「器用で、お気楽に動いてるようでも、あいつの心は打ち傷だらけだろうさ」
ユディト「……カナンのこと、良く見てくれているんですね」
イスラ「そりゃそうだ。あいつ一人だと、何をしでかすか分からない。今だって心配だよ」
ユディト「ふふ、案外、あの子の方もそう思ってるかもしれませんよ?」
ユディト「……」
ユディト「貴方だって、相当あの子を振り回したはずです。でも、これからもそうし続けてください。あの子は何だって出来る、だから、もしかすると、世界は自分を中心に動いていると錯覚しかねない」
イスラ「あいつが? 他人のために何だってやるあいつが、そんな」
ユディト「だからこそ、です。他人を救える自分、他人を救える力……でも、人は運命には逆らえない。あの子は神ではありません。そのことを忘れないためにも、あの子の思い通りにいかない、あの子を逆に振り回してくれる、そんな人が必要なんです」
ユディト「遥か昔、神は己の似姿として人間を創造しました。でも、完全な存在にはならないよういくつかの欠損を与えたと伝えられています。ちょうど、このベーグルが完全な円形ではないように」つベーグル
イスラ「……」
ユディト「神学の基本中の基本です。あの子の元に戻ったら、ユディトが心配していたと伝えてください」
イスラ「ああ、そうするよ」
イスラ「……さて。で、どうするかな」
ユディト「うぅ……」
ギデオン「どうかなさいましたか?」
イスラ「ああ、あんたか。今まで何してたんだよ」
ギデオン「昼寝だ。これは……ベーグル、か? 何故か菱形だが」
ユディト「ひぐっ」
イスラ「あー、傷口抉るのはやめてやれ」
ギデオン「ユディト様が作られたのですか?」
ユディト「はい……でも、完成直前に落としてしまって……」
ギデオン「ふむ」
ギデオン「では、小生も手伝いましょう」
ユディト「!?」
ギデオン「巡察隊に居た頃、重宝しました。行軍食にはもってこいです。これから先のことを考えれば、いくつか持っていくべきでしょう」
イスラ「作ったことあるのか? だったら手取り足取り教えてやってくれ。俺ぁ疲れた」
ユディト「て、手取り足取り……!」ハァハァ
ギデオン「ではまず粉の分量から……ユディト様?」
ユディト「」(白目)
ユディト「」(鼻血)
イスラ「……」
ギデオン「……」
イスラ「なんつーか……何でこんなに残念なんだろうな、この姉妹」