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【第三十八節/分離 上】

「……何ですか、貴方たちは」


 短刀を構えたトビアが、男たちとカナンの間に割って入る。だが、その腕はぶるぶると震えていた。情けないと彼も自覚しているが、目まぐるしく変転する状況に対応している方が、色々思い出さない分、かえって楽だった。


 それに、イスラがいなくなり、カナンが悄然としているこの状況では、自分が戦うより他にない。


「おいおい、物騒な物向けるなよ。俺たちは敵じゃねえ。……不死隊アタナトイと戦ってたってことは、あんたらも俺らの敵じゃない。そうだろ?」


「……」


 トビアは迷った。この男たちが黒ずくめの兵士たちを倒してくれたのは事実だ。だが、それでこちらの味方だと思うのは早計に過ぎる。


 男はやれやれといった風に肩をすくめた。


「俺らはウルクの反乱軍だ。……ちょっと語弊があるけどな。坊主、お前風読みだろ? お前らの長から連絡があったんで、こうして迎えに出て来たってわけだ」


「っ、それなら……!」


 どうしてもっと早く来てくれなかったのか。


 そんな言葉が喉まで出かかった。


 無論、トビアも理解している。彼らの戦力でウルクの都軍を破れるわけがない。こうして逃げ延びた人間を助けるので精一杯だと。


 だが、本当に助ける気があるのか? ついて行って良いのか? まだイスラの安否さえ確認出来ていない。彼を置き去りにして、それでもし死んだりすれば、いくら後悔しても足りないだろう。


「とっとと決めてくれ。ついて来たくないって奴を、無理やりつれてく気は無いんでね。ただ、ここに残ってたらまた奴らが群がってくるだろうし……坊主やそこの嬢ちゃんだと、捕まったら死ぬより辛い目に遭うだろうな」


「……脅すのですか」


「だったら良かったんだけどな」


 苦々しく吐き棄てる男の顔に、嘘は見られない。


「分かりました。貴方たちに従います」


 答えたのはカナンだった。トビアが振り返ると、彼女は剣と杖を持って立っていた。暗いため表情は分からないが、毅然として聞こえた声も、思い返してみるとかすかに震えていたような気がする。


「物分りが良くって助かるぜ。ついてきな、隠れ家に案内する」


「撤収!」と男が叫ぶと、他の者たちも即座に行動を始めた。それを満足げに見ながら、男は思い出したように振り返った。


「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はサイモン、ウルクの官吏の子だ」


「エルシャの大祭司の娘、カナンと言います。どうぞよしなに」


 サイモンはぴくりと顔の筋肉を動かした。逆に言えばそれだけ。飄々としているが、簡単に動揺を見せるような軽薄な男ではない、とカナンは分析する。


「なるほど。ということは、そっちの坊主が風読みのトビアか。一番大事な奴らは、しっかり逃してもらえたわけだ」


「そんな言い方、やめてください」


「おっと、失礼。まあ俺たちにしても都合が良いや。頭領もあんたらに会うのを楽しみにしてる。……ところで、あんたが継火手だとすれば、確か闇渡りの守火手がいるはずなんだが……」


 やめろ、とトビアは言いそうになった。今、カナンの前で彼のことを口に出してはいけない。どうして彼女が打ちひしがれていたのか分からないのか、と怒鳴りそうになった。


 そんな少年の気配を察してか、カナンは軽く手を振ってそれを制した。少し困ったような表情でトビアを見つめる。


「イスラとは……守火手とははぐれてしまいました」


「へえ、助けに行かなくて良いのかい?」


 カナンはあえて、にっこりと笑って見せた。


「大長老のメトセラ曰く、闇渡りの根は神殿の柱に勝って太く、その皮はいわおに似て断ち難いそうです。それに、イスラは私に心配するなと言いました。その言葉を信じなかったら……彼を裏切ることになってしまう」


 必死に平静を保ちながら語っていることは、少なくともトビアの目には明らかだった。サイモンや他の連中を騙しおおせているかは分からない。


 だが、それを見極めている時間的猶予など、どこにもなかった。不死隊アタナトイの脅威もあるが、それ以上にウルクの大軍が迫っている。交戦すれば勝ち目など到底無い。


「あんたが良いのなら、何も言う気は無い。行くぞ」


 そう言ってサイモンは身を翻した。


 彼らの背中を追いながら、トビアは隣を走るカナンの顔に目をやった。月明かりが木々の梢を通り抜けた刹那、その目尻にガラスの粒のような涙が宿っていたのを、少年は見逃さなかった。

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