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【断章/ユディトの恋歌1 上】

 胸が膨らみ始めたのは、カナンの方が先だった。


 今から八年前、私たち姉妹が十歳の頃だ。ある日、一緒に湯浴みをしている時に偶然そのことに気付いて、自分でもよく分からない劣等感を感じた。


 もっとも、負けていたのは胸だけじゃない。妹は、いつも私より前を進んでいた。何でもすぐに憶えることが出来て、教師たちの目を白黒させることなんてしょっちゅうだった。


 何より、カナンには他の継火手つぎびてが持たない蒼い天火アトルがある。


 私はお姉さんなのに……。


 あの頃、夜になって寝台に潜り込むたびに、そう思った。時々、泣いたりもした。すすり泣きを聞かれるたびに「だいじょうぶ? どこか痛いの?」と訊いてくるカナンの優しさが、私を一層惨めな気持ちにさせた。


 私たちは、煌都エルシャの大祭司の家に双子として生を受けた。母のお腹から出て来たのは私の方が少しだけ早くて、その瞬間から、人生を「カナンの姉」として生きることになった。


 それはつまり、常にカナンよりも良く出来ているように見せなければならないということだ。


 私たちには、煌都で手に入るありとあらゆる物が与えられた。父エルアザルは私たちの教育に金の糸目をつけず、一流の教師陣を用意した。その期待に応えるため、私は全力で戦った。


 姉としての意地だった。飲み込みの早いカナンと張り合うか、追い越すために夜遅くまで本を読んだ。法術の練習も熱心にやったし、それ以外のことにも力を入れた。決して負けないように、カナンよりも先に進むために。


 けれど、その教育の狙いが何であるかは、私もカナンも、幼いなりに気付いていた。


 私たちの運命は生まれた時から決まっている。良い継火手として煌都を守り、名家の男性と結婚して権力機構を強化する……最近のカナンはそのことに対してずいぶん喧しかったけれど、私にはそこまで抵抗感は無かった。


 贅沢な暮らしが特別好きというわけではないけれど、それに対して不満や負い目を持っているわけではない。窮屈だと思うし、退屈を感じてもいるけれど、それを否定するのは贅沢だと思う。良い暮らしをさせてもらっている分、それに見合う働きをすべきだし、多少の不自由は飲まなければならない。可愛げのないことに、十歳のころからもう私はそういう風に考えていた。


 だから、父が護身術の教師を募った時も、私は何も期待していなかった。誰が私たちの教師になろうと、結局、目的は護身術を会得することではないのだから。


 あの日、私たちの家の庭には二十名以上の腕自慢が集められた。剣と盾だけの基本的な装備の人間から、よく分からない得物を携えた人や、拳法家まで様々だ。


 彼らは私たちの姿を見ると、競って己の武芸を見せつけた。それはまだ良い。問題は口ばっかりで、技の一つも見せない連中だ。そういう手合いは、素人の私たちでも分かるくらい、貧弱で弱々しい。


「ユディト様、是非私めを教育係に!」「いえそれがしに!」「このような連中より拙者の方が!」「うぬっ、言うたな若造が! そこになおれい!」「下品な肉ダルマが何を言うか! 抜けエェ!!」



 他所でやってほしい。



 何だか臭いし、暑苦しいし……何より、そんな血走った目をしないでほしい。これでは私たちが争わせているみたいだと思って、心底嫌な気持ちになった。


 だから、


「姉さま、逃げよっ」


 というカナンの提案を、珍しく私は呑んだのだった。

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