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第7話ー白の花嫁ー

いつの間にか気を失っていた私は目を覚ます。辺りを見回す。見慣れた部屋、御屋敷の私の部屋…。また回帰したの…?そう思った時。


「グレース。」


声の主はルーク様だった。


「ルーク様…?」


ルーク様は微笑んで私の頭を撫でる。


「もう大丈夫だ。」


私は溢れて来る涙を止められない。ルーク様は私を起こして抱き締める。


「もう大丈夫だ。」



ルーク様から事の顛末を聞く。


「君の妹君は魔に取り込まれていたんだ。」


そう話すルーク様はソファーに座り、私を膝の上に乗せている。


「魔は色んな所にいる。人の負の感情に取り憑く。時折、その負の感情の溜まり場が実物化する事がある。それがあの時、妹君が握っていた黒い石だ。」


ルーク様は私の髪を梳く。


「黒い石は人に取り憑き、取り憑いた人間の負の感情を餌に大きくなる。最初は小さな石ころ程度だっただろうその石は妹君の君への嫉妬や破壊衝動によって大きくなり、石が大きくなれば取り込まれて、あのようにコントロールを失う。」


ルーク様は私の髪を掬い、口付ける。


「君がループから逃れられなかったのは、妹君のいわば呪い、君が死ねば周りも回帰する。君が足掻けば足掻く程に、妹君は石に取り込まれて行ったんだろう。」


私は訊ねる。


「今回はどうして…?」


ルーク様が笑う。


「今回は俺が間に合ったからだ。」


ルーク様は私の頬を撫でる。


「言ったろう?周りも回帰する、と。俺は最初の回帰の時から回帰したのだと気付いていた。シャッテンもな。」


シャッテンは優雅にお茶を入れている。


「うちの領地はね、そういう“魔”に詳しいんだ。そして俺たちが戦って来たのも正に“魔”なんだよ。白の戦士、聞いた事は無いかい?」


そう言われて私は言う。


「御伽噺では?」


ルーク様が笑う。


「もう御伽噺になっているのか、酷いな。」


そして、シャッテンの入れてくれたお茶を私に勧める。


「最初は自分たちの何かがキッカケで回帰していると思っていた。でも違った。だからありとあらゆる場所を探った。それで君に辿り着いた。」


お茶を一口飲む。心が落ち着く。


「良く辿り着けましたね。」


言うとルーク様はまた笑う。


「これでも白の戦士だからな。黒い力には敏感なんだ。」


シャッテンが口を挟む。


「閣下。」


シャッテンにそう言われて、ルーク様が言う。


「分かっている。」


まだ何かある。そう思った。


「君は幾度かの回帰によって、記憶を操作されている。」


記憶の操作…。


「妹君には出自の秘密がある。」


言われてパラパラと頭の中で本がめくられるように記憶が思い出される。


「妹は、父の実子では、無い…?」


ルーク様が頷く。


「そうだ。」


遠い記憶、父と母の口論。


「妹君は自分の出自を恥じていたんだろう。だから君の父上と母上の実子である君が妬ましく、羨ましかった、俺たちはそう見ている。」


あぁそうか。だから妹は必死に自分の居場所を作ったんだ。そこでシャッテンが咳払いする。ルーク様が手を上げる。


「分かっている。」


ルーク様は私を見て言う。


「そして君にも秘密がある。」


私?私にも何か秘密が?ルーク様は愛おしそうに私の頬を撫でる。


「君は白の戦士の花嫁だ。」


花嫁?私が?


「見ててごらん。」


ルーク様はそう言うと私の手を取る。ルーク様に頂いた指輪にルーク様が口付ける。ふわっと紫色の光が広がる。その光が私の肌に溶け込んで行く。そして私の左胸の心臓の辺りに白く紋様が現れる。


「これは俺たち白の戦士特有の反応だ。そして現れる紋様は自分が付き従う主君の紋様になる。」


自分の胸に現れた紋様を見る。


「では、これは…」


ルーク様が頷く。


「君に現れている紋様は俺のだ。」


そう言うとルーク様はご自身の服のボタンを外し、左胸を見せる。そこには白く紋様が浮かび上がっている。私と同じ紋様だった。


「でも、だとするとシャッテン様にも…?」


聞くとルーク様が笑う。


「あぁ、シャッテンにもある。」


シャッテンが右腕をまくって見せてくれる。右腕にその紋様があった。


「紋様は浮かび上がる場所でその役割が分かる。シャッテンのように右腕に浮かび上がる者は、文字通り右腕だ。ここには連れて来ては居ないが、左腕も居る。背中に浮かび上がれば、それは戦士。そして左胸に浮かび上がるのは花嫁、運命の相手だ。」


ルーク様は私の頬を撫でる。


「今まではずっとループしていて君と出会えなかった。俺と君の運命を妹君が捻じ曲げていたんだ。」


ルーク様が私の左胸の紋様に触れる。


「君にこの指輪を渡し、口付けた時に俺は君のここに紋様が微かに浮かび上がるのを見たんだ。」


そして少し笑う。


「いや、訂正しよう。初めて夜会で君を見た時から分かっていた。これは本能で分かった、としか言い様が無いが。」


ルーク様が私を見つめる。


「やっと見つけた、俺の花嫁。」



妹はあの日から昏睡状態だという。


「正直、目を覚ますかどうかも分からない。あそこまで“魔”に魅入られて、取り込んだ人間を俺は見た事が無い。」


ルーク様を見上げる。


「父と母は…?」


聞くとルーク様が言う。


「二人とも、というか、この屋敷全体が“魔”に飲まれていたからな、“魔”にあてられ、今では記憶も自分の事もあやふやになっている。」


ルーク様が私を抱き寄せる。


「この屋敷は白の戦士の監視下に置かれる。浄化もする。そうすれば、或いは、記憶を戻す可能性はある。」


ルーク様が私の額に口付ける。


「だから言ったんだ、君を掻っ攫うとね。」


ルーク様を見る。


「言ったろう?有無を言わさずに連れ去ると。」


私は聞く。


「ではルーク様の領地へ?」


ルーク様が頷く。


「あぁ、そうだ。」



ルーク様の領地へ向かう支度をしていた時。


「モルガン家の嫡男が来てる。」


ルーク様が言う。モルガン家…チャールズだ。


「君と話したいと。」


ルーク様は私の腰を抱き言う。


「嫌なら断るが。」


ルーク様を見上げる。


「いいえ、お会いします、きちんと話しておきたいので。」


ルーク様は私の頬に触れて言う。


「何かあれば呼んでくれ、すぐに駆け付ける。」



チャールズとテーブルを挟んで向き合う。


「話は辺境伯様から聞いた。」


チャールズの顔が以前の優しい顔に戻っている。


「私が君にした事は謝って済む事では無いと思っている。」


俯くチャールズを見て、何故か心が落ち着いた。


「全ては“魔”に取り込まれた妹のした事です。」


言うとチャールズは顔を上げて私を見る。その顔は悲しそうだった。シャッテンがお茶を入れてくれている。


「貴方も被害者なのです、だからご自分を責めないでください。」


チャールズはホンの少し笑う。


「私はグレース、君が好きだったんだ、君を大切に想っていた…」


私は微笑んで聞く。


「“魔”にあてられていた間、貴方には記憶があるのですか?」


チャールズが遠くを見る。


「記憶はある。でもそれは私の意思では無かった。自分のしている事が、言っている事が、自分の意思とは違う、なのに、止められなかった。そして、」


チャールズが私を見る。


「マリーを愛していると、そう思っていたのも事実だ。」


シャッテンがいれてくれたお茶を飲む。


「君は、これからどうするんだ?」


聞かれて私は微笑む。


「ルーク様と共にルーク様の領地へ参ります。」


チャールズが俯く。


「そうか。」


もう大分、昔の記憶だけれど、確かに私はこの人と想い合い、幸せだった時期があったなと思い出す。


「ここは白の戦士様たちが監視下に置くそうです。父も母も妹も、もう戻らないかもしれないと、そう聞いています。私にはもう何も無いのです、そんな私でもルーク様は私を愛して下さっている。そして私もルーク様を愛しています。」


チャールズが言う。


「私が言えた義理では無いが、幸せになってくれ。」



ツカツカと部屋を歩き回る。何を話している?互いの行き違いについてか?そもそも、妹君があんな事をしなかったら、グレースはあの男と結婚を?互いの行き違いが無くなれば、グレースはあの男を選ぶんだろうか…。不意に扉が開いて、グレースが部屋に入って来る。


「グレース!」


俺は思わず駆け寄り、グレースを抱き締める。


「ルーク様、どうされたんですか?」


聞くのが怖い、グレースの口から俺では無い男を選ぶと言われたら、俺は…。


「もしかして、私が貴方以外の人を選ぶとでも?」


俺はグレースを抱き締めたまま言う。


「怖い、君からそんな話を聞いたら、俺は、」


そこでグレースがクスッと笑う。


「そんな事、有り得ません。」


グレースを見る。グレースは俺を見上げて言う。


「私は貴方の花嫁なんです、他の人など選ぶ訳が無いでしょう?」


グレースは微笑んでいる。


「本当か?」


聞くとグレースは俺の頬に触れて言う。


「はい、私は心から貴方を愛しています。今も口付けたくて、仕方ないのです…」


俺は堪らずグレースに口付ける。


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