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第6話ー解呪ー

「グレース様に妹君の出自についてはお話にならないので?」


シャッテンに聞かれ、俺は言う。


「領地に連れて行ったら、話す。今は彼女を無事に連れ去る事のみに集中しよう。」



部屋に入ると何だか空気が張り詰めているような気がした。おかしい。私は何かを肌で感じ取る。ここに居てはいけないと直感でそう思う。この部屋に私の大事なものは何も無い。部屋を出る。急いで離れに向かう。離れれば離れるほど、とルーク様は仰った。敷地内の隅にある離れならば、届かないだろうと予測する。離れに入る。三日、ここに篭ろう。



お姉様が部屋に居ない。きっと離れだわ。せっかく色々準備したのに。指輪を壊されてから、何もかもが上手くいかなくなった。悔しい、あの人の死に様をずっと何度も眺めて楽しんで来たのに。そうだわ、離れに行けば良いのよ。離れに仕掛けをすれば良い。そう思いついて私は屋敷を出る。離れに向かう。男が入り込むように仕向ければ良い。いっその事、燃やしてしまっても良いかもしれないわね。不意に体が弾かれ、倒れ込む。もう少しで離れ、という所まで来て、前に進もうとしても、前に進めない。何なの!どうして前に進めないの!薄く白いバリアのようなものが見える。それに触れるとバチンと弾かれる。痛くて堪らない。何なのこのバリアのようなものは!そこでハッとする。


辺境伯様だわ。


私の幻惑が通用しない人。白く神々しいまでの光に包まれている人。あの人にお姉様は守られているというの?!何故!どうしてお姉様だけ!ドス黒い感情が湧き上がって来る。悔しい、悔しい、悔しい!私が一番欲しいものをいつもお姉様は手に入れる。それを奪う事が私の楽しみなのに!



私は荷造りを始めたけれど、どれもそれ程、大切では無い事に気付く。生活するのに必要だっただけで、ここの物は無くても大丈夫だ。持って行く物など何も無い。それでも何日分かの着替えくらいは持って行った方が良いだろう。ここにある着替えはまるで平民のような簡素なものばかりだったけれど、私はそれを気に入っていた。華美なドレスは疲れるだけ。宝飾品にも興味は無い。



二日が経った。私はその間、一度も屋敷には入らなかった。食事は備蓄してある物がある。水は離れのすぐ横に井戸がある。ここに来てから最初は見えなかったけれど、今では屋敷中に真っ黒なモヤがかかっていた。見え始めた時には薄かったモヤも、時間が経つにつれて濃く深くなって行く。あんなものがいつもあったと言うの?これまでの回帰した人生で一度も見た事が無い光景。本能的に近付いてはいけないと感じる。簡素な食事を終えて、離れで持って来ていた本を読む。不意に遠くから声が聞こえる。


グレース○○○!グレース○○○!


誰かが私を呼んでいる声。耳を澄ませて集中する。誰の声なの?


お姉様!

グレースお姉様!


この声はマリー。離れの窓から声の方向を見る。暗くて何も見えない。離れの入口の扉まで来る。声は着実に近付いている。


お姉様!グレースお姉様!

可愛い妹にお顔を見せてください

お話がしたいの


扉を開ける。そこにマリーが立っていた。いや、マリーだった者と言った方が正確かもしれない。マリーは真っ黒なオーラを纏い、何かを押している。


白い…壁?


マリーの壁を押している手は真っ赤な血で染まっている。マリーは私を見るとニタァと笑い、言う。


「やっとお顔を見せてくれたのね。嬉しいわ。」


この子は誰なの、シクシク泣くだけだったマリーでは無い。


「お姉様、お願い、この壁、退かしてくださらない?姉妹で仲良く昔のように並んで話したいわ。」


マリーは白い壁を押して近付いて来る。よく見れば白い壁にはヒビが入っている。これが割れれば私は無事ではいられない、そんな気がした。ルーク様から頂いたハンカチを握る。マリーが私に近付くほどに、白い壁のヒビが大きくなる。


「マリー、これは何なの。」


聞くとマリーは笑って言う。


「お姉様が悪いのよ、お姉様がお利口にしていれば、こんな事せずに済んだのよ!」


マリーが立ち止まって、私に何かを投げ付ける。投げ付けられた何かは壁に阻まれて、マリーに当たる。転がったのは真っ黒な石。


「お姉様が私の思う通りに動いてくれていれば、お姉様が手にする物は全て私の物になるの…例外は無い、全てよ!全て!」


また白い壁にヒビが入る。


「なのに、お姉様は私が絶対に手に入れられない物を手に入れようとしてるんだもの、そんなこと許せる訳無いわ!」


私がマリーの思惑通りに動く?私が手にする物、全てがマリーの物になる?マリーが絶対に手に入れられないもの?マリーはまた白い壁に触れる。


「お姉様は私の可愛い玩具なのよ!!」


マリーがそう言った瞬間、白い壁が割れる。マリーは手から血を流したまま、私に近付く。禍々しい真っ黒なオーラを纏って。マリーは離れを見て笑う。


「みすぼらしいところ…お姉様にお似合いね。」


目の前にマリーが来る。


「お姉様はね、私の可愛い玩具なの、壊して壊して、何度も再生させて、お姉様の絶望を見るのが私の楽しみなの。」


あぁ、私が何度も回帰したのはそのせいなのかと分かる。ルーク様は呪いだと言った。


「なのに、勝手に解呪するなんて!」


マリーは笑い出す。


「でも大丈夫、またかけてあげるわ、今度は絶対に解けないやつをね。」


ルーク様から頂いたハンカチを握る。マリーが私に触れようとしたその瞬間、バチンと何かが弾けて、マリーが尻餅をつく。


「はぁ?何なの…」


マリーは立ち上がってまた私の傍まで来る。私に手をかざす。マリーの手から黒いモヤが出て来る。けれど黒いモヤは私の目の前でハラハラと白い光になって消える。


「何なの!もう!」


マリーはそう言って、私から離れて、さっきの転がった黒い石を拾う。そしてその石を握りしめ、また私に近付く。


「もう良いわ、お姉様とはお別れね。」


そう言って私に手を突き出す。黒い石から黒い何かが飛び出して来る。咄嗟に両手でその飛び出して来た何かを阻む。爆発音がして、体が飛ばされる。あぁ、死ぬんだわ、そう思った。


その時。


ふわっと何か柔らかいものに包まれる。


「間に合った…」


声が降ってくる。見上げるとルーク様が私を受け止めている。


「ルーク様…」


ルーク様は微笑んで言う。


「それを渡して貰えるかい?」


ルーク様の視線の先にはルーク様から頂いたハンカチ。持っていたハンカチが真っ黒になっている。ルーク様に渡すとハンカチはハラハラとまた白い光になり、消える。


「驚いたな、これ程とは。」


ルーク様は私をご自身のマントの中に引き入れる。そしてマリーを見る。マリーはポロポロと涙を流している。


「辺境伯様!その女はダメです!その女は貴方に相応しくないわ!」


ルーク様は私を守るように私をマントで隠し、言う。


「戯れ言だな、痴れ者が。」


マリーはポロポロ泣きながら喚く。


「どうして!どうしていつもお姉様ばかり!どうして皆その女ばかり構うの!どうしてその女ばかり守ろうとするの!私の方がか弱くて、尊い筈でしょう!」


ルーク様が私に言う。


「アレはもう元の妹君では無い。グレースに嫉妬するうちに歪んでしまったんだ。」


嫉妬?マリーが私に嫉妬?そこで今までの記憶がフラッシュバックする。クラクラして立っていられない。


「グレース!」


ルーク様が私を抱き留める。


「大丈夫だ、私が君を守る。」



目の前の妹君はドス黒い感情に飲まれている。あの黒い石さえ破壊出来れば、或いは。


「シャッテン!」


呼ぶとシャッテンが現れる。


「はい、閣下。」


妹君を注視しながら聞く。


「黒い石だ、やれるか?」


シャッテンは頷く。


「もちろんです。」


俺はグレースを抱き上げ、言う。


「では、やれ。」


次の瞬間、俺は妹君に背を向ける。背後で爆発音がする。振り返ると黒い石は破壊され、妹君が血を吐いて倒れる。


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