数日して辺境伯様が御屋敷に来る事になった。マントをお返しするという口実で。マントは染みにならずに済んだ。真っ青の美しいマントをマリーが見たがった。でも私はそれを許さなかった。その事で母にも家中の使用人からもなじられたけれど、そんな事でもう私は傷付かない。
「君は本当に意地悪なんだね。」
チャールズはわざわざ私の部屋にまで来て、私にそう言う。そんなチャールズがおかしくて私は笑う。
「何故、笑う!」
チャールズを見る。イライラしているのが手に取るように分かる。
「君は僕と婚約しているんだぞ?なのに他の男のマントを借りて帰るなどとは。」
そう言われてまた笑う。もうどうでも良い。そう思って言う。
「ならば、お聞きします。貴方は何故、マリーばかり構うのです?うちに来てもいつも貴方はマリーとばかり一緒に居ますよね?私という婚約者が居ながら。やっている事は貴方とそう変わらないのでは?むしろ貴方の方がよっぽど、」
そこまで言った時、チャールズが私の頬を引っ叩いた。口の中に血の味がする。チャールズがハッとする。
「マリーは体が弱くて外に満足に出られないんだ、君のように自由には生きられない。」
自由ね…私も自由になれるならそうなりたい。そして謝りもしないチャールズにほとほと呆れる。
辺境伯様が御屋敷にいらっしゃった。母もマリーも着飾って出迎える。まるで自分たちのお客様のように接する。
「今日はグレース嬢とお話したくて、参りました。」
辺境伯様はハッキリとそう仰った。私は早く終わらせたくて辺境伯様にマントとマント留めを渡す。
「ありがとうございました。」
辺境伯様は私からそれを受け取るとマントを羽織る。美しいマントがはためく。
「さぁ、こちらへ!」
母が辺境伯様をご案内する。応接室に入ると母が言う。
「貴方は他にやる事があったのでは?」
あぁ、そうか、閉め出したいのね。そう思って私は下がる。
「えぇ、そうですね、失礼します。」
屋敷に入ってから、つぶさに観察して思う。この屋敷はおかしい。淀んだ空気、生気のない使用人たち、伏し目がちだが、しっかりと俺を見定めているグレース嬢の妹。応接室に案内されるとグレース嬢が排除される。そしてすぐに彼女の母親も退席する。部屋に妹君と残される。何なんだ、これは。妹君はおどおどしながら聞く。
「夜会でお姉様とお知り合いに?」
出されたお茶に手を付ける気にもならない。
「あぁ、そうだ。」
何かが匂う。何だ?この匂いは。
「お姉様にはチャールズ様という婚約者様がいらっしゃるのはご存知?」
そう聞く妹君を見る。妹君は一瞬だけニヤッと笑う。背筋がゾクッとする。匂いが強くなる。
「婚約者が居るのに、他の男性とお知り合いになるなんて、お姉様ったら、節操が無くて、嫌だわ。」
匂いがキツくなる。この匂いは…。妹君が俺に近付く。
「私、体が弱くて、外にも満足に出られませんの。だからお外のお話を伺いたいわ。」
俺の隣に座ると俺に触れようと手を伸ばして来る。俺は立ち上がる。匂いの正体が分かる。なるほどな。急に立ち上がった俺に妹君が驚く。
「悪いが失礼するよ。私は君に用がある訳では無い。」
そして部屋の隅に置いてある香を手に取ると、窓を開け、それを捨てる。
「こんなものまで使って、君は何がしたい。」
妹君はもうその瞳に涙を溜めている。
「酷い、私はただ…」
言い訳しようとする妹君に詰め寄る。
「ただ、何だ?」
ハラハラと妹君の涙が落ちる。
「辺境伯様と仲良くなれたら、と。」
虫唾が走る。おぞましい。
「いつもこうやってグレース嬢から何もかもを奪って来たのか。」
妹君の瞳の色が変わる。さっきまではグレース嬢と同じ薄紫色だった瞳に橙色が混ざる。やはり、か。
「色々調べさせて貰った。君は出自に問題があるようだな。」
言うと妹君の顔から血の気が引く。
「それにその体も、決して弱い訳では無い。」
妹君の手を掴む。
「この指輪か。」
禍々しい程の黒色の石。妹君の指からそれを引き抜く。
「お止めください、それは私の大事な!」
引き抜くと指輪から黒色の煙が一瞬放たれて消える。
「自分の体調と引き換えに、君は奪う側へ回った訳だ。」
俺は指輪を机の上に置き、短刀を出す。
「何をするのです!お止めください!」
妹君が俺に縋る。俺は指輪の石を短刀で突き刺し、破壊する。そして妹君に言う。
「良かったじゃないか、これで君の体調も元に戻る。」
妹君は恨めしそうに俺を見上げる。
「まぁこの指輪だけじゃ無さそうだからな。この屋敷には。」
そして妹君に言う。
「言っておくが、俺にこの類のものは効かん。」
俺は部屋を後にする。
「失礼する。」
グレース嬢を探す。どこに居るのか。屋敷を出ると御者が声を掛けてくる。
「何かお探しで?」
俺は言う。
「グレース嬢をな。」
御者は俺に近付くと小さな声で言う。
「グレース様なら離れにいらっしゃると思いますよ。」