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第3話ー黒の石ー

数日して辺境伯様が御屋敷に来る事になった。マントをお返しするという口実で。マントは染みにならずに済んだ。真っ青の美しいマントをマリーが見たがった。でも私はそれを許さなかった。その事で母にも家中の使用人からもなじられたけれど、そんな事でもう私は傷付かない。


「君は本当に意地悪なんだね。」


チャールズはわざわざ私の部屋にまで来て、私にそう言う。そんなチャールズがおかしくて私は笑う。


「何故、笑う!」


チャールズを見る。イライラしているのが手に取るように分かる。


「君は僕と婚約しているんだぞ?なのに他の男のマントを借りて帰るなどとは。」


そう言われてまた笑う。もうどうでも良い。そう思って言う。


「ならば、お聞きします。貴方は何故、マリーばかり構うのです?うちに来てもいつも貴方はマリーとばかり一緒に居ますよね?私という婚約者が居ながら。やっている事は貴方とそう変わらないのでは?むしろ貴方の方がよっぽど、」


そこまで言った時、チャールズが私の頬を引っ叩いた。口の中に血の味がする。チャールズがハッとする。


「マリーは体が弱くて外に満足に出られないんだ、君のように自由には生きられない。」


自由ね…私も自由になれるならそうなりたい。そして謝りもしないチャールズにほとほと呆れる。



辺境伯様が御屋敷にいらっしゃった。母もマリーも着飾って出迎える。まるで自分たちのお客様のように接する。


「今日はグレース嬢とお話したくて、参りました。」


辺境伯様はハッキリとそう仰った。私は早く終わらせたくて辺境伯様にマントとマント留めを渡す。


「ありがとうございました。」


辺境伯様は私からそれを受け取るとマントを羽織る。美しいマントがはためく。


「さぁ、こちらへ!」


母が辺境伯様をご案内する。応接室に入ると母が言う。


「貴方は他にやる事があったのでは?」


あぁ、そうか、閉め出したいのね。そう思って私は下がる。


「えぇ、そうですね、失礼します。」



屋敷に入ってから、つぶさに観察して思う。この屋敷はおかしい。淀んだ空気、生気のない使用人たち、伏し目がちだが、しっかりと俺を見定めているグレース嬢の妹。応接室に案内されるとグレース嬢が排除される。そしてすぐに彼女の母親も退席する。部屋に妹君と残される。何なんだ、これは。妹君はおどおどしながら聞く。


「夜会でお姉様とお知り合いに?」


出されたお茶に手を付ける気にもならない。


「あぁ、そうだ。」


何かが匂う。何だ?この匂いは。


「お姉様にはチャールズ様という婚約者様がいらっしゃるのはご存知?」


そう聞く妹君を見る。妹君は一瞬だけニヤッと笑う。背筋がゾクッとする。匂いが強くなる。


「婚約者が居るのに、他の男性とお知り合いになるなんて、お姉様ったら、節操が無くて、嫌だわ。」


匂いがキツくなる。この匂いは…。妹君が俺に近付く。


「私、体が弱くて、外にも満足に出られませんの。だからお外のお話を伺いたいわ。」


俺の隣に座ると俺に触れようと手を伸ばして来る。俺は立ち上がる。匂いの正体が分かる。なるほどな。急に立ち上がった俺に妹君が驚く。


「悪いが失礼するよ。私は君に用がある訳では無い。」


そして部屋の隅に置いてある香を手に取ると、窓を開け、それを捨てる。


「こんなものまで使って、君は何がしたい。」


妹君はもうその瞳に涙を溜めている。


「酷い、私はただ…」


言い訳しようとする妹君に詰め寄る。


「ただ、何だ?」


ハラハラと妹君の涙が落ちる。


「辺境伯様と仲良くなれたら、と。」


虫唾が走る。おぞましい。


「いつもこうやってグレース嬢から何もかもを奪って来たのか。」


妹君の瞳の色が変わる。さっきまではグレース嬢と同じ薄紫色だった瞳に橙色が混ざる。やはり、か。


「色々調べさせて貰った。君は出自に問題があるようだな。」


言うと妹君の顔から血の気が引く。


「それにその体も、決して弱い訳では無い。」


妹君の手を掴む。


「この指輪か。」


禍々しい程の黒色の石。妹君の指からそれを引き抜く。


「お止めください、それは私の大事な!」


引き抜くと指輪から黒色の煙が一瞬放たれて消える。


「自分の体調と引き換えに、君は奪う側へ回った訳だ。」


俺は指輪を机の上に置き、短刀を出す。


「何をするのです!お止めください!」


妹君が俺に縋る。俺は指輪の石を短刀で突き刺し、破壊する。そして妹君に言う。


「良かったじゃないか、これで君の体調も元に戻る。」


妹君は恨めしそうに俺を見上げる。


「まぁこの指輪だけじゃ無さそうだからな。この屋敷には。」


そして妹君に言う。


「言っておくが、俺にこの類のものは効かん。」


俺は部屋を後にする。


「失礼する。」



グレース嬢を探す。どこに居るのか。屋敷を出ると御者が声を掛けてくる。


「何かお探しで?」


俺は言う。


「グレース嬢をな。」


御者は俺に近付くと小さな声で言う。


「グレース様なら離れにいらっしゃると思いますよ。」


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