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第2話ー救いの手ー

会場を見回し、父を探す。少し遠くに父が居る。父の所まで歩いて行く途中、何人かのご令嬢が私の行先を阻むように現れる。


「グレース様。」


あぁ、この展開。もう何度目だろうか。


「今宵は素敵なドレスをお召しになっていらっしゃるのね。」


私は頭を下げて言う。


「お褒めの言葉、ありがとうございます。」


言うとまた別のご令嬢が言う。


「妹のマリー様は社交の場にも出られないというのに、毎回新しいドレスを誂えて、マリー様に自慢なさっているとか。」


ここで否定しても、回避しようとしても、どうせ飲み物をかけられる。


「マリーに自慢など、した事もありません。」


ここで私が強行突破すればこの中の誰かが足を引っ掛けて来るに違いない。このままここで睨み合っていてもこの中の誰かが手が滑ったと言って飲み物をかける。まぁどっちでももういい…。早く終わらせてくれれば、それで…。


「ヘルバネッセン家のご長女ともあろう方が、家ではか弱き妹のマリー様を見下して虐めていらっしゃるというのは有名なお話でしょう?」


私がいつマリーを見下したのか、見下されているのは私の方だ。マリーはいつもシクシク泣いて、私の持っている物を奪って行く。手に入れた物はすぐに飽きて捨て置くというのに。笑える。


「噂というのはこんなふうに大きくなるのですね。」


顔を上げる。ご令嬢たちは眉をひそめている。


「失礼致します。」


そう言って立ち去ろうとする。何かに躓く。あぁ、やっぱりだ。転ばないように足を踏ん張る。転ばなかった私が気に入らなかったのか、近くに居たご令嬢のグラスが動くのを視界の端に捉える。今回はそれもあるのか、と諦めたその時。私の視界は真っ青な何かで覆われ、私自身は何かに支えられる。


え?何?


そう思って見上げるとそこには辺境伯様がいらっしゃった。私を抱き留め、ご自身のマントで私にかかる筈だった真っ赤なワインを遮る。何が起こっているの?この人、私を助けた…?


「寄って集って、とはこの事ですね。」


辺境伯様はご令嬢たちを見下ろして、その冷たい視線を向けている。ご令嬢たちも私も何が起こっているのか、理解が追い付かない。


「大丈夫ですか?」


私を見下ろす辺境伯様の瞳はとても優しい。


「えぇ、大丈夫、」


そう言った時、右足に痛みが走る。さっき踏ん張った時に痛めたのだと分かる。辺境伯様は溜息をつくと言う。


「大丈夫では無さそうだ。」


そう言って私の腕を優しく掴み支えてくれる。


「あの、ありがとうございます…」


言うと辺境伯様は微笑む。


「良いのです、貴方にワインがかからなくて良かった。」


そしてご令嬢たちを一瞥する。


「これが王都の礼儀か。王都の品性も地に落ちたな。」



辺境伯様に支えられ、父の元に行く。父は私の様子を見て少し驚く。


「どうした?」


足を捻っただけだと言おうとした時、辺境伯様が言う。


「グレース嬢は酷い扱いを受けています。ご存知ですか?」


父が俯く。知らない訳無い。それでも父には何も出来ないし、何もしない。そういう人だ。


「辺境伯様、お止めください。」


もうどう足掻いても何も変わらないのだから。


「ですが、」


私は辺境伯様から離れて言う。


「助けて頂き感謝します。」


そして父に言う。


「お父様、私は先に帰ります。足を捻ってしまったので。」


痛む足を庇いながら歩こうとすると、辺境伯様がフワッと私にご自身のマントを掛ける。驚いて辺境伯様を見上げる。辺境伯様は微笑んで私にご自身のマント留めを使ってマントを留めると言う。


「馬車までお送りします。」


馬車の前まで来ると辺境伯様は微笑んで言う。


「このマントとマント留めは私の大事な物です。なのでお返し頂けますね?」


私は少し笑う。


「もちろんです。お返しする時までにはきちんと洗っておきます。」


辺境伯様は私の手を取ると私の手に口付ける。


「貴方にもう一度お会いする口実が出来ました。」


この人、何を言っているのだろう。



帰りの馬車に揺られながら、考える。辺境伯様。今までの回帰した人生では関わりの無かった人。そこで妹の顔が浮かぶ。どうせ、彼もまた、妹に靡く。良くて父のように中立か、傍観者になるだけ。良そう、考えるのは。



「シャッテン。」


呼ぶと部下のシャッテンが現れる。


「はい、閣下。」


俺は馬車を見送りながら言う。


「ヘルバネッセン家について調べろ。特にグレース嬢の妹について。」


シャッテンが頷く。


「御意。」



「お嬢様、馬車は御屋敷に?」


御者のニュートに聞かれ、私は言う。


「いえ、離れに。」


父が帰るまでは離れに居た方が良い。どうせまた一人だけ楽しんで来ただのと言われるだけだから。それに、このマントを洗わなくては。家の者にやらせたくない。私がこのようなマントを羽織って帰れば、また妹に詮索されて、妬まれる。



屋敷の隅にあるこの離れには誰も来ない。ここだけはどの人生でも私だけのものだった。もちろんどの人生でもマリーはこの離れを欲しがった。けれど父も母も体の弱いマリーが一人で離れで倒れたら大変だと言って、それを許さなかった。ここだけは屋敷とは独立していて、ここに居れば、誰にも邪魔はされない。そういえばニュートもいつも私に優しかったな、と思う。離れに入ってマントを脱ぎ、マントを洗う。染みにならないと良いけれど。


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