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第5話 伝説の聖女の力に目覚めた妹が姉の手紙に従いました

 ハイデミット王宮は、夜であろうと輝き続ける。

 それは、大陸列強の権威を目に見える形で示すため、らしい。

 私にはその辺りの感覚は、よくわからないけれど。

 とにかく、外も中も真っ白いそのお城は、何と、お城自体が光ってるのだ。

 えーっと何だっけ、魔法構造式融和建材っていう、すごい材料なの。

 だから、城に人がいる限り、このお城は常に光り続けて、目立ち続けている。

 でも、夜になるとほとんど誰もいなくなる。

 お城での仕事は夕方までって決まってて、夜には大体、みんな帰っちゃう。

 そして夜になると、このお城に潜むお化けが、一斉に動き出すのだ。

「……えっと」

 迷路のような王宮の中を、私は一人、記憶を探りながら歩き続ける。

 神官も、侍女も、今だけはついてきていない。

 そもそも彼らには、私を見ることはできない。だって今の私、お化けだモン。

 私は、すごく薄い半透明なヴェールを頭にかぶっていた。

 このヴェールは『幽鳴の薄衣ミストルヴェール』っていう魔法のアイテムだ。

 王宮の中でこれを頭にかぶった人は、他人からは見えなくなってしまう。

 小さな足音程度なら隠せる機能もあるらしくて、本当にお化けになってる気分。

 でも、走ったり、派手に動くと、見えるようになるんだって。不思議ね。

 で、何で私がこれかぶってるかというと――、これからママしに行くんだよ!

 このヴェール、王宮のクラブ会員に一律で支給されるものなのだ。

 秘密を抱えることが多いクラブの会員用に、二代前の王様が造らせたんだって。

 正直、バカじゃないの、って思う。

 わざわざこんなすごいモン用意して、やることがオギャリ支援か!

「はぁ……、ネガいぃ~……」

 私はため息をつくが、そのため息も、周りに気づかれることはない。

 っていうか、そもそも私も周りに誰がいるかもわからない。

 見たところ、通路は静かで、立っているのは私一人だけ。

 でもいるのだ。この通路のどこかにも、絶対にいる。

 ロクでもないクラブに所属している、ロクでもない貴族連中が……。

 お化けになった私達は、お互いに気づけないまま、通路を行き交うのだ。

 っていうかね、お城での仕事が夕方までなのも、クラブ活動があるからなのよ?

 ねぇ、本当にバカじゃないの?

 何でそんなしょーもないコトをお仕事より優先させちゃってんの?

 大貴族って何考えてるのか、全然わかんないわー。

 ジョゼおねーちゃんならわかるのかな、その辺りのこととかも――、

「あ、着いた」

 色々考えながら歩いているうちに、私は目的の場所に到着する。

 そこは、回廊の果て、真っ白い壁しか見えないところだが、間違いない。

 ここが『今夜の』入口だ。

 うん、そう、毎晩変わるの、クラブへの入り口。

 クラブ会員用に持たされてる魔法のアイテムにその日の入り口が表示されるの。

 どんだけ秘密主義なのかしら。念には念を、ってレベルじゃないわ。

 私は、壁に手を触れる。

 すると私の魔力パターンが認証されて、足元に小さな魔法陣が浮かび上がる。

 この魔法陣は個人の魔力パターンに合わせたもので、当人にしか見えない。

 魔法陣が弾けて、私は転移した。

 着いたのは、王宮のどこか。そして次の瞬間、また転移した。

 どこかの部屋に着いた。さらに転移。

 どこかの倉庫に着いた。そして転移。

 私の視界が目まぐるしく変わっていく。これはこれで、実はちょっと楽しい。

 この、幾度にも渡る転移は、敵対するクラブに追跡させないための仕掛けだ。

 と、いわれても私には何のこっちゃ、なのであまり深くは考えない。

 そして、ああ、ついに着いちゃったよ。

 見慣れた場所。深く重苦しい空気に包まれた、バブバブクラブの本拠地。

 ここがどこかは、私も知らない。

 知っているのはきっと殿下と陛下くらいじゃないかなぁ。

 窓のない、他と同じ白い壁と床の、それなりに広い空間と、並ぶ扉。

 扉には順に番号が振ってあって、バブバブっ子のナンバーに対応している。

 私が今から入るのは4番。

 これから一定時間、私はそこにいるバブバブっ子のママとなるワケだ。

 ――あー、死にてー。マジ死にてー。

 毎度毎度、この瞬間がネガい気分のピークだ。

 何で私はこの世界に生を受けてしまったんだろう、と、悲観的になっちゃう。

 でも、今日は少しだけ違う。

 だって、これから私はママをしに行くんじゃない。

 お母様を助けるために、そこにいる人物と交渉をしに行くのだ。

 ……っていうと、何かアレね。私、やり手みたいね! 

 ちょっとだけ自分をカッコよく感じてしまう。

 とでも思ってないと、ネガい気分に潰されそうなので、自画自賛を許してね。

「よっし、行くかー」

 ヴェールを脱いで、気合を入れた私は4番の扉のノブに手をかける。

 中は消音の結界が張ってあって、どんな話をしても外に漏れることはない。

 完全、完璧な密談ができる場所。

 クラブがこの国の政治の中核になってしまった理由が、そこにある。

 おねーちゃん、勝手なお願いをするね。

 お母様を助けるためにがんばるから。どうか、私に力を貸して!

 心の中に強くそれを願いながら、私はドアを開けて部屋に入っていく。

「ベルケンた~ん、ママでしゅよ~」

 もはや言い慣れた、バブバブっ子への挨拶の言葉。

 そして、それを出迎えたのは部屋を満たすピンクの灯り、そして、デケェ声。

「おがぁ! おがぁ! おがぁ! おがぁ!」

 そこは『おぎゃあ』じゃないのかよ。

 あー、うるさい。本当にうるさい。声大きすぎて部屋揺れちゃってない?

 声は重くて、低くて、やたらダンディーなのが腹立つ!

 意味不明なピンクの照明の下で、デケェベッドに横たわる一人の老人。

 白髪で、顔の上半分をお面で隠して、その口元は豊かな白髭で覆われている。

 一見すればその体は痩せ細っていて、いかにもおじいちゃん、って感じ。

 でもよくよく見れば、腕は実はそれなりに太くて、腹筋もバッキバキ。

「おがぁ! おがぁ! おがぁ! おがぁ!」

 泣くたびにビク、ビクと震える腹筋。

 この人、一体どんだけ腹に力込めて泣いてるのよ!?

 そして、そんな人がおしゃぶりして首によだれかけ、股間にオムツなワケだ。

 普段は色んな人達の悩みを聞いたり、神の教えを説いたりする大司教が。

「マ、マンマ、マンマ……、チュバッ、チュバッ」

 私が見ている前で、ベルケン大司教ベイビーはおしゃぶりを吸い始める。

 濡れた音が耳に突き刺さって、全身におぞけが走るわ。もう、心臓止まりそう!

 でもダメよ、エリィ。

 ここで退いたら、お母様のメンタルがいよいよポーンしちゃうわ!

 襲名記念式典はもうすぐそこ。チャンスは一度。今、このときしかないのよ!

「演技は、もう不要ですよ」

 私は、おねーちゃんの手紙に書いてあった通りに、声を高くして告げる。

 内心ビクビクで、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られながら、必死に。

「あなたの正体は知っています。バブバブっ子ナンバー4。いえ――」

 そして私は、ベルケン大司教様に向かって言う。

「非主流派クラブ会員、ベルケン様」

 あれだけ大きかった泣き声が、ピタリと止まった。

  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 ベッドの上のベルケン様が、お面を外し、首だけ起こしてこっちを見る。

 こっわ。すごい目でこっち睨んできてる。

 腹筋六つに割れてるおじいちゃんから、めっちゃガン見されてるよォォォォォ!

「一体、どこからその情報を?」

 うわ、改めて聞いても声質低い、ダンディ、かっこいい。

 でも裸にオムツじゃ、腹筋へのダメージが加速するだけだわ。おなか痛い!

「…………」

「返されるのは沈黙。なるほど、言う気はない、と」

 違うの。そうじゃないの。

 格好と物言いのギャップが破壊力高すぎて、お、おなかが、ひきつって……!

「相手が聖女様では、抗っても勝ち目はありませんな。チュバッ、チュバッ」

 何でそこでおしゃぶり吸うのよッ!

 ダメェ、おなか痛い! 噴き出すのを我慢するのが辛いのォ――――!

「いかにも、私は非主流派ロリロリクラブから遣わされたスパイでございます」

 って、ロリロリクラブ――――!!?

 おねーちゃん、待って、聞いてない! これは、聞いてないよー!

「そう、私こそはロリロリクラブエグゼクティブプレミアム特別会員ベルケン!」

 キリッ、じゃないわ!

 率直に言ってくたばってほしい。今すぐ息の根止まってほしい。

 そう思う私を睨んだまま、ベルケン様はそれ以上何も言わない。

 もしかして、私の言葉を待っているのだろうか。……えー、何言えってのよ。

「聖女様が知られているのでしたら、陛下もすでにご存知なワケですな?」

「へ?」

 え、いきなり、何?

「と、なれば――、この先、私に待っているのは死罪、ですか」

 ちょっ、何でそうなるのよ!?

 どうしてそんな、自分の死期を悟った顔しちゃってるの、ねぇ!?

「バブバブクラブに潜入して早二十七年――」

 なっが!?

「情報を得るため、プライドを捨てて赤子の真似などしながら過ごしてまいりました。ママにあやされるたびに、男として、紳士として、忸怩たるものを味わいつつも、何とかやってまいりましたが、ここまでですな。チュバッ、チュバッ」

 実はおしゃぶり気に入ってない? ねぇ?

「さぁ、聖女様。どこへとなりでも連れて行かれるがよろしい」

「あ、あの~……」

「しかし! ロリロリクラブの情報は漏らしませんぞッ!」

「ひっ!」

 ベルケン様のしわに埋もれた目が、カッ、て見開かれた。カッ、て!

「老いたりとはいえど、男ベルケン、魂の絆で結ばれし同志を権力に売り渡すが如き畜生の所業、絶対せぬと断言いたしましょう! 我らロリロリクラブ、花の如き可憐なる少女を遠くから眺めて愛でることに命をかけた青春は、決して色褪せたりはせぬのです!」

 カッコいい声で熱くキメたつもりかもだけど、言ってる内容は最低だよ。

 そんな青春は朽ち果ててしまえ、と、思わずにいられない。

「……大司教様のこと、陛下には知らせてませんよ?」

 でも堪えて、鼻息荒いおじいちゃんに、私は恐る恐るそう言った。

 すると、ベルケン様の長く伸びた白い片眉がピクリと上がる。

「何ですと、それは何故……?」

「とりあえず、あの、私の話を聞いてもらって、いいですか?」

 それから私は、おねーちゃんのことを伏せた上で、ベルケン様に事情を話した。

 すると――、

「何という……、何という家族愛でありましょうや!」

「ひえっ」

 ベルケン様が両目からダバァっと涙を溢れさせてベッドを叩いた。

 うわ、ベッドがすごい音立てて軋んだんだけど? おじいちゃん、強すぎない?

「このベルケン、聖女様の母君を想われる気持ちに、心打たれましたぞ! 日頃、聖女様は宮中において何かと噂されておりますが、そんなものは風聞に過ぎぬと確信いたしました! ああ、麗しきかな、家族愛! 素晴らしきかな、親子の情!」

 おねーちゃんたすけて! この人、色々極端すぎる!

「で、バァバ襲名の延期のため、我がクラブに協力を取り付けたい、と?」

 わ、涙ピタッと止まったよ。

 この辺りの切り替えの早さはさすがのものだけど、うん、キモい。怖い。

「はい、まぁ、そんな感じで……」

 完全に委縮する私に、ベルケン様は我が意を得たりとばかりに腕を組む。

「バブバブバァバなどあってはならない。あれこそはハイデミットを亡国へと導く邪神。最大の邪悪。諸悪の根源。聖女様も、それをご理解なされたようですな」

 バブバブバァバって何なのよ。

 たかがオギャリプレイのバァバ役が、何でそんな大それた扱い受けてんの?

「国の存亡を賭けて、邪神の降臨を阻む。……まさしく聖女の使命ですな」

 あれ、私がしてることって、そんなオオゴトだったっけ?

 ただメンタルヤバいお母様を助けたいだけです。って言っても無駄そうだけど。

「確かに、現状でしたら、聖女様のお力添えがあれば延期も可能でしょう」

「本当ですか!」

 ベルケン様の言葉に、私は手を打つ。

 けれど、その直後に彼が私を見るまなざしに、鋭さが増した。

「されど、陛下に楯突く以上、こちらも相応に危ない橋を渡ることになります」

 あ、来た。

 ここ、おねーちゃんゼミでやったところだ。

「我がクラブが聖女様に協力する場合、その対価は、いかほどで」

「そちらのクラブに伝わる秘薬を飲みます」

 手紙に書いてあった通りに、私は言った。

 さて、これでベルケン様は一体どんな反応を見せて――、

「クラブの総力を挙げて全面協力を約束いたしましょう! 秘薬です、どうぞ!」

 早ッ、決断早ッ! 展開も早ッ!?

「え、え、あの……?」

「ご安心召され、我がクラブは真なる紳士のクラブ。眺めて愛でるだけです!」

 声上ずってる、目が血走ってるゥゥゥゥゥゥゥ――――!!?

「……あー」

 渡された丸薬に目を落として逡巡する私に、ベルケン様の眼光が突き刺さる。

 痛い、視線が痛い。え、視線ってこんなビシバシ来るものなの!?

「うー、ままよ!」

 意を決し、私は丸薬を口の中に放り込んだ。

 うっ、熱……、か、体が、一気に熱くなって……、

「…………神よ」

 少しして、ベルケン様が赤ちゃんの格好で神に祈りを捧げていた。

 でも、その視線は完全に一方に固定されている。

 秘薬の力で、数年分くらい若返ってちっちゃくなってしまった私の方に。

「ほぅ……、素晴らしい。これは、ふむ、ああ、うぅむ……、何という……」

 うなるな、うめくな、ため息つくな、驚愕するな、自重しろ。

 思っていても言えない、数々の言葉。

 ベルケン様は私が座るベッドの周りをグルグル巡って、全方位から私を眺めた。

 なめるような視線、なんて甘いものじゃない。

 真夏の太陽から照りつける肌に痛い日差し並の眼光が、私を射貫いている。

「聖女様ッ!」

「はい」

 元気溌剌なおじいちゃんの声に、私は死んだ声で応じる。

 もう、私、疲れた。おじいちゃんが何言ってるかも、よくわかんないや。

 とりあえず、はいはいうなずいてりゃいっかー。

「そのお姿を画像記録魔法で保存し、我が同志と共有してもよろしいですかな!」

「はい」

「おおおおおおお、これも母君のためなのですな! 感服しましたぞ!」

「はい」

 おじいちゃんの叫び声がして、パシャッ、パシャッ、と光が瞬く。

 こうして、私は何とか例のクラブ(名前は言いたくない)の協力を得られた。

 おねーちゃん、私、がんばったよ……。

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