俺たちは監督者の案内のもと、
鉱山を進んでいく。
監督者は迷路のような鉱山をあちこち歩いて、
取れたばかりの鉱石を見せてくれる。
俺は試しに、鉱石から耳かき錬成を試みる。
錬成した耳かきを鑑定したところ、
精製した金属と同等程度の金属の耳かきができていた。
これならば、鉱山を歩き回って鉱石を手に入れれば、
いろいろな金属の耳かきが錬成できる。
監督者が言うのには、
精製するのにかなり多くの鉱石が必要な金属もあり、
そのような金属を作るには、手間も時間もかかるとのことだ。
おもに希少金属がそのような物であるらしい。
だから、鉱石から直接耳かきに錬成できるのであれば、
たくさんの鉱石を運んで精製する手間が省けるとのことらしい。
ヒイロカネなどは、もっともその手間がかかる金属のひとつで、
鉱脈からわずかしか取れず、
鉱石を砕いて精製してもわずかな金属にしかならない。
そんなヒイロカネが形になること自体が、
白の国で言うところの国の宝になるくらいのものらしい。
なるほど、希少金属の王様みたいなものらしいなと俺は思った。
多分、特殊な効果もついているものと俺は思う。
耳かきに仕立てたら、どんな効果があるのだろうか。
俺の世界で言うところの基本金属、
鉄や銅、銀、金、プラチナも希少金属としてあったし、
港町で見た、赤い金属のアカガネや、玉虫色のタマガネ、
銀よりも白金よりも霞がかった色をした金属のカスミガネ、
監督者の言うところの、劇場で使う音の調律に使う道具に使われる、
オトガネという金属もあった。
薄い俺の知識で、確か俺の世界で音叉というものがあって、
それに使われる金属がなんだかあったような気がする。
もしかしたらオトガネも、俺の世界にあるような金属なのかもしれない。
そのあたりの知識は薄ぼんやりしていてなんとも言い難いが、
オトガネと歪んだ真珠で合わせて耳かきを錬成すれば、
もっと音楽にかかわる能力が上がる耳かきになるかもしれない。
俺はそれだけとりあえず覚えておいて、
あとで錬成を試みようと思う。
監督者は俺たちをどんどん奥へと導いていき、
奥に行くほど精製が難しいという金属の鉱脈が通っている。
屈強なヨツミミの者たちが掘りだしているところへ入っていって、
耳かきの勇者であることなどを簡潔に話して、
希少な鉱石を分けてもらえないだろうかと頼む。
採掘しているヨツミミの者は、
監督者から今日の仕事に入る前に、
耳かきの勇者が来るということを聞いていたらしい。
白の城で耳の呪いを解いてもらったものもいるというし、
港町の噂を聞いたものもいるらしい。
採掘しているヨツミミの者たちは、暗く閉鎖的な環境にいるのに、
皆一様に朗らかだ。
心まで暗くなってちゃいけねぇよと笑っていた。
採掘した鉱石をもとに、いくつか耳かきを錬成して、
採掘しているヨツミミの者に渡す。
耳かきの仕方なども伝えておく。
ヨツミミの者が耳に耳かきを入れると、
俺の耳と感覚が共有されていた。
どうやら、白の城で耳の呪いを解く前に、
リラの神語を放ったことがあったが、
その神語は白の城を包んでなお、鉱山まで響いて届いていたらしい。
山の中という地形ならではなのかもしれない。
あるいはと、俺は思い当たることがあって、
鉱山の鉱脈をざっと軽く鑑定する。
俺がすべてわかるわけではないという前提で、
わかる限りのことがわかればと思った。
この鉱山の鉱脈は、一番奥にヒイロカネの鉱脈があり、
その鉱脈がいろいろな金属の鉱脈を派生させているらしい。
例えがあっているかはわからないが、
さまざまの金属の母ともいえる金属なのかもしれない。
そのヒイロカネの鉱脈は、
いわゆる魔法の力のような特殊な力を持っていて、
一度ヒイロカネの鉱脈まで届いた力は、
鉱脈を通じていろいろな金属にも影響し、
また、鉱山自体に影響を及ぼす。
リラの神語はそこまで届いていて、
神語という特殊な言葉がヒイロカネの鉱脈に届いて、
鉱山で採掘しているヨツミミの者の耳と、
俺の耳が感覚共有できているということでもあるらしい。
ますますもって、特殊な金属ということだなと、
俺のわかる限りでの鑑定結果で思った。
鉱石を分けてもらったり、
採掘するヨツミミの者に耳かきを渡したりしつつ、
俺たちは監督者に導かれて鉱山の一番奥にやってきた。
陰の国で取れたらしい光鉱石のカンテラとは違う、
輝きが奥から発せられている。
奥へと進んでいくと、
美しく輝く鉱石がそこにあった。
多分不純物が混じっていて、
輝きは斑になっている。
その斑模様でも隠し切れないほどの、
光をたたえた金属の鉱脈だ。
「これがヒイロカネになります」
監督者は言う。
「ごらんのとおりの美しい金属です。ただ、強度があまりにも高すぎるのです」
「普通の道具では掘れない、と」
「それもありますし、魔力も帯びているため、生半可な道具で通用しません」
「なるほどな」
「耳かきの勇者様の、耳かき錬成でしたら、あるいは」
「やってみよう」
俺は監督者にうながされるままに、
ヒイロカネの鉱脈に手を置く。
ヒイロカネ、白の国の金属たちの母なる金属。
美しく輝く金属。特別な金属。
俺は触れながら、素材を理解しようとする。
素材を理解しなければ耳かき錬成はできない。
その俺の耳に、声のようなものが届く。
耳かきの勇者。耳かきの勇者。
俺は心の中で返事をする。
多分この声は、ヒイロカネの声だ。
理屈でなく理解する。
それだけの力を持った特別な金属ということだ。
私を使いなさい。耳かきに仕立て上げて、耳の呪いを解きなさい。
どの性別とも、どの年齢層とも、
同じようで違うような、すべてを内包したような声。
俺はヒイロカネの鉱脈に手を置いたまま、
心の中で、ありがたく使わせてもらおうと答える。
ヒイロカネの声のような意識のようなものが、微笑んだような気がした。
好きなだけ使いなさい。あなたの力ならば私が使いこなせるでしよう。
俺はヒイロカネの鉱脈に手を置いたまま、
耳かき錬成を発動させる。
硬度的なものもあるし、俺が魔法というものを理解していないからか、
なかなか耳かき錬成のための素材の理解が追い付かない。
それは一瞬の間のはずだったが、
俺はその一瞬の間に、ヒイロカネの意識が、
理解をうながしてくれるように手伝ってくれたことを感じた。
俺はその助けを借りて、一気に素材の理解をして、
ヒイロカネの耳かきを錬成させることに成功する。
「すごいですね。本当にヒイロカネから耳かきが錬成できるなんて」
監督者が驚いていた。
「俺だけの力ではないさ」
俺はヒイロカネの鉱脈に触れたまま答える。
素材の理解のために助けてくれた、ヒイロカネの意識は、
あたたかく、優しいものだった。
金属は、ともすれば傷つけることに使われかねない。
けれど、ヒイロカネはそれを望んでいない。
俺が耳かきを作るから、力を貸してくれたのだろう。
俺は、白の王に献上するヒイロカネの耳かきと、
いずれ何かの役に立つかもしれないと、
ヒイロカネの耳かきをいくつか錬成しておく。
これほどの力を持った耳かきだ。
普通の耳かきでは、どうにもならない耳の呪いも解けるかもしれない。
俺たちはヒイロカネの鉱脈にそれぞれ礼を述べて、
鉱山を入口の方に戻っていった。
鉱山のあちこちにヒイロカネの優しい意識を感じる。
ヒイロカネの耳と、感覚が共有されているのかもしれない。
ヒイロカネの耳は、呪われていないいい耳だ。
金属たちの声すら聞こえる。
ああ、やっぱりこの鉱山の金属たちは、
ヒイロカネの子どもたちなのだなと改めて思った。
ヒイロカネの意識が俺たちを見送るのを感じる。
俺は、心の中で、世界中の耳の呪いを解くことを約束して、
鉱山をあとにした。