翌朝。昨日の手合わせの疲れも残らず、スッキリ起きられた俺は、
早朝から鍛錬を始めた。
今まで訪れた国では、俺の小屋を出すようなところは、
おおむね平坦なところが多かった。
しかし、白の城のあたりは、山に囲まれている。
山道の走り込みなどができるというわけだ。
俺の世界ではかなりの距離の山道の走り込みをしていた。
その感覚が鈍っていなければいいんだが。
それから、昨日得た、使っていない箇所の動かし方の鍛錬もしよう。
身体の動かし方の基礎ができれば、
そこに乗っかるスキルのレベルも上がっていくだろう。
俺は朝飯の前に自己鍛錬を始める。
身体の動かし方の明確な目標ができて、
自己鍛錬の目指す方向が見えてきた。
俺は気合を入れて、早朝の白の城まわりで鍛錬する。
白の城にいるものなどが、挨拶をしてくれた。
俺はそれにこたえつつ、ある程度日が昇るまで鍛錬を続けた。
汗だくになった衣類を洗濯機に入れて、
軽くシャワーで汗を流し、
動きやすい普段着に着替える。
疲れはそれほどないので、そのまま朝飯の支度をする。
時空の箱の中には、この異世界でもらった食材も増えてきた。
鑑定すれば大体俺の世界のこれだというのがわかる。
自炊していたから、基本的な調理法はわかる。
大雑把な朝飯を作る。
調味料や調理器具なんかはいつも同じ場所にある。
いつもの場所に置く癖は、
耳かき職人をするにあたって、
いつもの場所に道具がないと、まず道具を探すことから始めるので、
それがなんだかもったいない気がして始めた癖だ。
あるべきところに道具や衣類がある。
探さなくていいのは、それだけでストレスが違う、ような気がする。
さて、朝飯が出来上がったのでリラを起こす。
リラが寝間着から普段着に着替えたら、
寝間着と俺の朝練用の衣類を洗濯乾燥させる。
その間に朝飯を食べる。
リラは美味しいと言いながら食べるし、
従魔たちも仲良く朝飯を食べている。
個性や味の好みがあるのかはわからんが、
俺の大雑把な朝飯は好評のようだ。
朝飯の後片付けをして、洗濯乾燥した衣類をたたんでしまう。
小屋を出たら、時空の箱に小屋を仕舞う。
どういった仕組みかはわからないけれど、
時空の箱に仕舞われていても、この小屋に荷物は届く。
まぁ、神様が何か管理してくれているのかもしれない。
俺は細かいことは考えないことにした。
まぁ、耳かきバカならそれでいいということだ。
俺の小屋のあった広場から、
白の城に向かって少し歩く。
門番らしい誰かが俺たちに気が付いたようだ。
少し待つように言われて、門番が白の城の中に走っていった。
やがて、屈強なヨツミミの者が白の城からやってきた。
「はじめまして。耳かきの勇者様。俺は鉱山の監督をしているものです」
「案内をしてくれるというのは、あんたか?」
「はい。白の王から仰せつかっています」
「よろしく頼む。さすがに鉱山の中は案内がないとな」
「鉱山の中は入り組んでいるので」
「あんたが頼りだ」
「ありがとうございます。では、準備が出来ましたら向かいましょう」
「よろしく頼む」
「俺にお任せください」
やがて、準備が整ったらしく、
白の城の近くの通路に俺たちは案内された。
通路の近くには、俺の感覚で言うところの、トロッコの線路が敷かれている。
「これは精製された金属が乗せられるトロッコです」
「鉱山で精製までしているのか?」
「この通路の先に精製所、その奥が鉱山になります」
「このトロッコに乗せて精製所から出てきて、それから港町というわけか」
「大まかに言えばそんなところです」
通路の先には、厳重に守られた門があり、
屈強なヨツミミたちが守っている。
なるほど、特殊な金属がとれるとあっては、
守りが固くなるのも道理というわけかと俺は納得する。
鉱山の監督者が何やら見せると、
門を守っていたヨツミミの者が、
監督者と俺たちを見て、納得したようだ。
固く閉じられていた門は、重い音を立てて開かれた。
これほど重い門は、力任せで開かれるものではない。
やはり、相当な手続きがないと開かれないものであるのだろう。
監督者と俺たちは、門を通って中に入る。
少し進むと、トロッコの線路のすぐ近くで、煙を上げている煙突が見えた。
その近くでは大きな建物が見える。
トロッコは山の方からそこに入っていって、
また別の方からトロッコが出て行っている。
あれが精製所というわけらしい。
俺の耳かき錬成であれば、精製所は実質通さなくてもいいとは思うが、
この世界で金属を使うためには、
鉱石から精製所を通さないといけないということだろう。
精製所をながめつつ進み、
俺たちは鉱山の入口にやってきた。
近くにトロッコの線路、そして、足元はあまりよくない。
「この鉱山には、金属の鉱脈がいくつか通っています」
「そりゃすごいな」
「鉱脈ごとに行く場所が違うので、かなり入り組んでいます」
「なるほどな」
「鉱山の中には明かりがありますが、足元はかなり悪いです。お気をつけて」
「ああ、ありがとう」
俺たちは監督者の案内で、鉱山に入っていった。
鉱山の中にいくつも分かれ道がある。
今も採掘しているらしい音がする。
時折監督者の指示で、俺たちはトロッコの線路から離れることがある。
そんな時は、鉱山の奥の方から鉱石を乗せたトロッコがやってくる。
動力についてはよくわからないが、
赤の国で火の石があったり、魔法があったりする世界だ。
何か俺のわからない動力源があるのかもしれない。
ふと、鉱山の通路を照らしているカンテラを見る。
火のようにちらちらした感じがしない。
これもまた、何か俺のわからないものなのかもしれない。
カンテラを見上げた俺に、監督者が気が付いたらしい。
「それは陰の国で取れる鉱石、光鉱石です」
「白の国では取れないのか」
「白の国は金属の鉱石ですね。陰の国では宝石や魔法の石などが取れます」
「赤の国の火の石みたいなものか」
「あれは赤の国の特産品ですが、陰の国はさらにいろいろな種類の石が取れます」
「この光る石だけじゃないのか」
「光る石、水を閉じ込めた石、魔法の力を増幅させる石など、多岐にわたります」
「それで耳かきを作ったらすごいだろうな」
「ぜひとも、陰の国にも赴いて、耳かきを作られてください」
「ああ、そうしよう」
そのあと聞いた話では、
トロッコの動力も、陰の国で取れた石が使われているらしい。
動力に使う石はかなりの値段がつくそうだが、
白の国はそれを白の国産の金属で交換している。
その金属を用いて陰の国では石が掘られているらしい。
「ただ、陰の国は、陽の国に見下されている国です」
「こんなに便利な石を産出しているのにか?」
「陽の国は神に一番近い国として、聖職者などが集う国です」
「ふむ」
「陽の国が一番上という思想が一般的で、他の国は陽の国に尽くすべきと」
「あまり納得いかないな」
「白の国や陰の国などは、汚れた国として、陽の国から見下されています」
「今まで白の国を見てきたが、見下される要素はないと思うんだが」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「とにかく、陽の国はそんな国なのか」
「はい、魔王から一番離れた聖なる国、で、あると」
「うーむ」
俺は唸ってしまった。
なんだか陽の国は、聞いている限り、すでに耳の呪いが来ていそうな気がする。
陽の国の皆に自覚がないだけで、
耳の呪いが相当なことになっていないだろうか。
「では、先に進みましょう」
「ああ」
監督者に導かれて、俺たちは鉱山を先に進む。
その後ろをついてきたリラが、
「陽の国…」
と、つぶやいて暗い顔をしていた。
ヒューイさんが俺の足元にやってきて、
俺をリラのもとへと連れて行った。
俺はリラの顔から何かあったのかと思ったが、
「何でもないです、勇者様。先を急ぎましょう」
と、表情を隠してしまった。
俺は何も聞けず、そのまま先に進むことになった。