俺とリラは白の城の廊下を歩き、
そして新しく仲間になった、従魔とも言うらしい、
もともと邪なものの核だった存在たちは、
何やら騒がしく鳴き声を上げてはしゃぎながら、
俺とリラの足元でちょろちょろしたり、
肩に乗っかったり追いかけっこをしていたりする。
言葉はわからないけれど、
仲間が増えて楽しいのだろうなと俺は勝手に判断する。
廊下を行き交う白の城で働く者は、
燥邪と風邪の影響から徐々に回復しつつあり、
また、耳の呪いも俺が解いたことにより、
ちゃんとした会話がなされているようだった。
少し聞こえた会話では、港町でこんなお粥が出されていたという会話だ。
作り方が少し聞こえたが、多分俺たちが港町で出した物だろう。
白の城ならば食材が揃うだろうし、
食べて早く回復してもらいたいと思った。
白の城の奥の方、王と会うための部屋に俺たちは通された。
ヨツミミの屈強な兵士がずらりと並び、
また、ヨツミミの役人とか大臣とか学者らしい者も並んでいる。
服装でそう判断しただけで、実際のところはよくわからない。
まぁ、服装は公式の場であれば、
立場を明確にするために必要なものかもしれないし、
服装で立場を判断するのも、おおむねあっていると思っていいと思う。
俺たちは、白の王の前にやってきた。
この国やこの世界の礼儀はわからないけれど、
膝をつくのはとりあえず礼儀かと思った。
白の王は、ヤギのようなひげを蓄えたヨツミミの老人だ。
俺たちのいる所より、少し高いところで玉座に座っている。
「客人に椅子を用意しなさい。私もその場で話を聞こう」
白の王は、玉座から立ち上がる。
俺たちのもとに、すぐさま椅子が準備され、
さらに、俺たちの向かいにも椅子が置かれると、
白の王はそこに座って、深々と頭を下げた。
「白の城を救ってくれてありがとう。皆を代表して礼を言おう」
「耳かきの勇者として、当然のことをしたまでです」
「その当然のことをできる存在がいなかった」
「それで耳の呪いがはびこった、と」
「そう、魔王を封印した際に、魔王が最後の力で放った呪いだ」
「なるほど」
魔王は、封印される最後の瞬間に、
この世界全ての存在に向けて耳の呪いを放った。
今までいろいろな存在が耳の呪いにかかっていたが、
それだけの耳を呪える魔王というものも、
かなりの力を持っていたに違いない。
魔法というものは俺はよくわからないけれど、
そういった力をたくさん持っていて、
それを呪いとして世界に放ったのかもしれない。
多分、魔王というものがそれだけの力を持っていた存在として、
何か世界に害をなすことがあったのかもしれない。
それで、世界が一致団結して、
魔王を封印しようとした。
世界がひとつにならなければ、
封印できないほどの力を持っていたのかもしれない。
そして、封印をしたら、今度は世界がバラバラになりかねない呪いがはびこり、
誰もその呪いを解くことができなかった。
世界を越えてきた、耳かきの勇者の俺以外は。
憶測であるけれど、大体そんな感じだろう。
この世界には、耳かきという文化が存在しなかったのだろう。
「歌姫より話を聞いたが、不思議な耳かきを使ったと」
「不思議な…ああ、歪んだ真珠の耳かきだな」
「真珠とは黄の国のものだろうか」
「はい、俺はいろいろな素材で耳かきを錬成することができます」
「なるほど、では、たくさん耳かきを作ってもらいたいのだがいいだろうか」
「素材があればいくらでも」
「白の城の者たち、そして、白の国に住まうものに、耳かきを届けたいのだ」
そして、白の王はしばらく考え、
「素材があればと言ったな」
「ああ」
「港町で輸出用の金属は見ただろうか」
「大体は見た。様々の金属があった」
「白の城の奥に、鉱山がある。金属資源の宝庫だ」
「港町では、ヒイロカネというものがあるとも聞いた」
「うむ、それらも含めて、金属の耳かきを大量に作ってもらいたい」
「耳かきを作ることに関しては問題ないが、俺たちが鉱山に入ってもいいのか?」
「信頼、という意味においてだろうか」
「そういうことだ。俺たちが金属を悪用するような存在だったらどうする」
白の王は目を細めた。
孫を見るような優しい目だ。
「心から救おうと思わなければ、この白の城は救えなかった。なにより」
「なにより?」
「邪なものを邪でないものにする力を持っている」
「ああ、こいつらは…」
「この城を荒らした邪なもの、だった。今は違う」
「ああ」
「そうできるのは、貴殿たちがまっすぐな心根だからだ。だから信じよう」
白の王は言葉を区切り、
「鉱山の入山を許可する」
「ありがとう」
白の王はさらに、鉱山は入り組んだ道になっており危険なので、
鉱山の監督をしているものを付けさせると言った。
なるほど、迷子になって帰れなくては大変だからな。
「また、貴殿と手合わせをしたいものがいるのだが、いいだろうか」
白の王が提案する。
「俺は耳かきしかできないが…」
「相手は、劇場で剣舞をしているものになる」
「戦いってわけじゃないのか」
「耳かきの勇者の体格はいいのだが、身体の使い方がちぐはぐだという」
「プロから見るとそう見えるのか」
「手合わせをすることによって、身体の使い方を学んでもらいたいそうだ」
「なるほど、俺は耳かきづくりに特化していて、動かし方はさっぱりだ」
「これからたくさんの耳をかくと思う。我流でないことも必要かと思う」
「そういうことならば、手合わせをしてみよう」
「相手も武器として木の剣を使う」
「俺は耳かきで手合わせをしよう」
「わかった、剣舞師を呼びなさい」
白の王から声がかかって、剣舞師というものが呼び出された。
待つこと少し。
舞台映えをしそうな衣装に身を包んだ、
ヨツミミの男性が姿を現した。
手に持っているのは木刀のようだ。
いや、刀のようなそりはないから、
木剣というのが近いのかもしれない。
「皆のもの、少し下がりなさい。今からここで手合わせを行う」
白の王から声がかかり、
謁見する広間に集まっていたものが、
俺と剣舞師を遠巻きにするように下がる。
広間は簡易の手合わせの場となる。
「これは戦いではありません、勇者様」
剣舞師が言う。
剣舞師が言うには、歌姫と対峙している俺を見ていて、
俺の体格であれば、もっと違った身体の使い方が可能であるらしい。
ただ、誰にも身体の使い方を教わっていないようだから、
今から覚えれば、飛躍的に伸びるだろうとのことだ。
耳かきにだけ特化してきたが、
身体が使えるということは、それだけ耳もかけるということになる。
耳かきを用いての戦いがないとも限らない。
誰も傷つけない戦いをしたいと思うし、
そのためには身体の使い方がちゃんとできていることが必須だ。
覚えていて損はない。
「よろしく頼む」
俺は剣舞師に頼む。
剣舞師はうなずいた。
剣舞師は木剣を構える。
俺は耳かきを構えた。
互いの呼吸のリズムがゆっくりと合わさっていって、
俺は耳かきを構えて踏み込んだ。
スキルも何もない耳かき捌きだ。
木剣を落とすことを狙い、耳かきで指の点を狙う。
剣舞師は少ない動きで耳かきの点の攻撃を止めると、
同じく点の攻撃で俺の隙をつく。
かわせない攻撃ではなかったが、
流れるように線の攻撃に転じていく。
それはさながら舞のようでもあり、
剣舞師とはよくいったものだと思う。
これが身体を使って舞台で見せることに特化している者、
身体の使い方をよく知っている者。
勉強することはたくさんありそうだ。
俺は再び耳かきを構える。
学ぶ機会があるということは、いつになってもいいものだ。
俺はまだまだ色々なことを覚えられる。
その機会を作ってくれる白の城にいる皆に感謝したい。
俺はまた、剣舞師に向かって踏み込む。
無様にあしらわれるかもしれないけれど、
俺の弱点を見極めるべく、がむしゃらに踏み込んだ。
何事も挑戦だ。