俺たちは、役人らしい誰かの先導のもと、
白の城の大劇場を目指す。
白の城では耳が聞こえるようになったという声が、少しだけあったが、
咳き込んだり、元気がなかったりと見えて、
心から喜んでいるようには感じられなかった。
大劇場に先導する役人らしい者も、
時折、大きく咳き込む。
確か先程、大劇場に巣食う魔のものと言っていた。
燥邪と風邪はそこに核があるのかもしれない。
大劇場に近づいていくと、
肌が乾いた感覚があった。
喉も渇いているような感覚がある。
間違いない、港町のあの感覚だ。
白の城の屋内にもかかわらず、
大劇場から風が吹いている。
乾いた風は潤いを奪い、体力を奪う。
役人らしい者は、大劇場の入口で大きく咳き込んでうずくまってしまった。
「休んでいるといい。あとは俺たちが何とかする」
役人らしい者は、咳き込みながらうなずいた。
俺とリラ、ペトペトさんとショージィさんが大劇場に入る。
大劇場には、客席側から入った。
広い広い客席。一体何人収容できるのかわからない。
また、舞台もとても広い。
関わるのは役者だけではないとはいえ、
どれほどのものがこの大劇場にかかわるかわからない。
それほど大きな劇場だ。
大劇場は乾いた風が吹き荒れていた。
客席も舞台も、強い風が吹いている。
身体の潤いが根こそぎ奪われそうな風だ。
ペトペトさんとショージィさんが騒ぐ。
「いる、と、言っています」
リラが通訳する。
いる、とは、おそらく邪なものの核。
「とりついている、と、言っています」
リラが再び通訳する。
とりついているとは何だろうかと思う間もなく、
暴風が吹いて、ペトペトさんとショージィさんと、リラまで吹き飛ばされた。
俺は客席で持ちこたえたが、
彼らの助けがないと思った方がいいということか。
大きな舞台にはヨツミミの女性が一人。
ペトペトさんやショージィさんでなくてもわかる。
彼女に、とりついている。
彼女が深呼吸して、声を張り上げた。
声は空気を震わせて、強い風はますます強く。
乾きはますますひどくなる。
耳かきバカの俺の感覚だが、
先程神速の耳かきを使ったとき、
ひときわ耳の呪いがひどかったのが、この女性だった。
そして、この声の量は、多分歌姫だから出せるものだと思われる。
リラも神語を放つ際に、相当な声を届かせていたが、
声の圧がやはり違う。
神語が神の言葉で、すべての耳に届き、
俺とすべての耳を繋ぐ力を持つとするならば、
この、多分歌姫の声は、
邪なものの力を増幅させるために使われている。
それだけの強い声を持っている。
耳の呪いを解いただけでは、
おそらくとりついた核の力を弱めることはできない。
歌にまつわる耳かきがあれば、
俺は強風の中考える、そして、
時空の箱に、そんなものがあったということを思い出す。
黄の国の海で取れた、装飾品にならない真珠で作られた耳かき。
歪んだ真珠の耳かきが、音楽の力を伸ばすとあったはずだ。
けれど、歌姫の音楽の力を伸ばしたら、
邪なものの核の力まで強くならないか、
そう俺が思っていた時に、
感覚がつながった耳に女性の声がする。
『ワタシニ タダシイ ウタヲ ウタワセテ クダサイ』
とぎれとぎれだったが、それは多分神語に近い。
声の質から、今、邪なものにとりつかれている彼女だ。
渾身の力の言葉に違いない。
彼女が正しい歌を歌えれば、きっと歌の力が何とかしてくれる。
今、大劇場を吹き荒れている風も乾きも歌の力、
そして、それを鎮めるのもきっと歌の力だ。
俺は歪んだ真珠の耳かきを時空の箱から出して構える。
客席から、突進するように走って、舞台へ跳躍。
とりつかれた彼女が邪な歌を歌う。
その目は悲しげな光を帯びている。
俺は邪な風にひるむことなく、彼女に近づいていき、
彼女を捕まえ、そっと耳かきを耳に入れる。
耳の感覚はすでに共有されている。
彼女の歌を正すように、邪な歌を鎮めるように、
俺は彼女の4つの耳をかく。
邪なものの核が、彼女の中で暴れているようだ。
俺の歪んだ真珠の耳かきが、彼女に音楽を取り戻していく。
彼女の耳の邪なものが晴れた。
「ありがとう、音楽が戻ってきました」
俺に支えられて耳をかかれていた彼女が、自分の力で立つ。
そして、息を吸いこむと、
高らかに歌い出した。
俺は音楽はよくわからない耳かきバカだけど、
これだけはわかる、これは彼女の歌いたかった正しい歌だ。
邪なものの介入しない、
彼女の魂の歌だ。
リラの神語にも近いその歌は、
大劇場を震わせ、白の城を震わせ、
強い風と乾きがおさまっていく。
これが歌姫の正しい歌の力。
俺は圧倒された。
歌姫は音楽を取り戻した。
それは圧倒的な音楽だった。
邪なものが利用しようとしていたのが、わかるような気がした。
「邪な存在が、まだ近くにいると思います」
歌い終わった歌姫が、俺にそう言う。
多分核が歌姫の身体から逃げていって、
近くに隠れているだろうとのことだ。
先程吹き飛ばされた、
リラとペトペトさんとショージィさんが大劇場に戻ってきた。
俺から事情を聞き、核の捜索にあたった。
もともと邪なものの核だった、
ペトペトさんとショージィさんが気配で核を見つけた。
弱々しく存在する核に、リラは手を近づけていって、
「燥邪だったあなたは、カラカラさんになります」
「風邪だったあなたは、ヒューイさんになります」
と、それぞれ名前を与える。
名前を与えられたカラカラさんは、
乾いた埴輪とも土偶ともつかない姿になった。
動くことに問題はなさそうだが、
乾かすことに関して力を発揮してくれるだろう。
ヒューイさんは、獣のような姿になった。
サイズとしてはマメシバくらいだが、
走ることに特化したような獣の姿で、
風のようにどんなところへも走っていけそうだ。
邪な存在が無害化されて、
徐々に白の城に活気が戻ってくる。
空気に潤いが戻ってきて、
咳き込むものも減ってきている。
俺の耳と感覚を共有して聞こえてくる声も、
元気な声が増えてきている。
「あなたは、一体何者ですか?」
歌姫が俺に尋ねる。
「俺は耳かきの勇者。この世界の耳の呪いを解くものだ」
俺はリラを示して、
「彼女は神の耳の巫女。彼女は神語が使える」
「神語、かなり強い言葉ですね」
「歌姫の歌も強いものだったが」
「独学で学んだ歌です」
「独学でこれならすごいな」
「世の中には、神謡と神舞というものがあると聞きます」
「それは神語よりも強いものなのか?」
「神謡は神語に音楽を乗せ、神舞は舞を乗せたものです」
「あんたのそれは神謡なのか?」
「いいえ、あくまでも独学です。ただ」
「ただ?」
「陽の国には神謡が伝えられ、陰の国には神舞が伝えられているそうです」
「なるほどな」
「封じた魔王が何をしてくるかわかりません。何らかの力を手にしておくべきかと」
「それもそうだが、まずは俺の耳かきがこの世界の耳の呪いを解く」
俺はそこで言葉を区切って、
「そして、世界がみんな理解しようとして、思いやり合えば、きっと道は開ける」
歌姫は微笑んだ。
「あなたならばきっとできます」
俺もうなずいた。
神謡と神舞。神語よりも強いものというそれも、
いずれ触れる機会があればいいと思う。
果たしてどんなものだろうか。
大劇場の入口でうずくまった役人らしい者が、
大劇場に入ってきて、
事態が収束に向かっていることを喜んだ。
「それでは、白の王にお会いになってください。きっと喜ばれます」
俺たちは白の王に謁見することとなった。