気脈解析班の部屋を出て、俺たちは議事堂内を歩く。
会議室の騒ぎも落ち着いて、窓から見える景色は夜になりつつあった。
議事堂内で何かの役職についている誰かが、
俺たちを呼び止めて、
素材に関しては黄の国全てに通達を出したとのこと。
身体に特徴がないので、多分アーシーズだ。
議事堂内の補佐的なことをしているのかもしれない。
そのアーシーズの誰かが言うには、
早ければ明日にも素材が中央都市に届くだろう、とのことだ。
俺たちは、これから中央都市の外に出て、
時空の箱から小屋を出してそこで休む旨を伝えた。
役職についているらしいアーシーズは、了解してくれたようだ。
時空の箱についての驚きらしいものはあまりなかった。
耳かきの勇者というものが持つ、
神から与えられた特殊なスキルという認識が浸透しているのかもしれない。
時空の箱という存在についても、
中央都市くらいになると、知識として聞いたことのある者がいるのかもしれないし、
あるいは、存在をちゃんと見たことのある者もいるのかもしれない。
特殊スキルであるが、存在するものとして認識されている。
世界の中心の中央都市ともなれば、そのくらいの認識になるのかもしれない。
アーシーズの補佐的役職の誰かは、
小屋の周りに素材を運ばせるように手配しましょうと言ってくれた。
俺は礼を言って、議事堂をあとにした。
議事堂を出て、中央都市の入り組んだ道を歩く。
中央都市のあちこちから、笑い声が聞こえる。
勇者様に素材を集めろとか、
素材ってなんだとか、
耳かきにしてくれるんだよ、とか、
耳の呪いを解いてくれるんだとか、
いろいろな声が聞こえる。
中央都市は建物が上に横にと塊のようになっている都市だから、
あちこちから声が聞こえる。
俺は耳をかいたら、かいた耳との感覚共有ができる。
中央都市のいろいろな声が俺に届く。
そして、中央都市の中心にある、都市の耳との感覚も共有できる。
あのでかい耳は、中央都市に住まう皆の声を聞いている。
皆の、穏やかで楽しげな声を聞いている。
都市の耳も、俺の耳も、いい音を聞いている。
ああ、今この都市は平和だなと思う。
俺たちは中央都市を出て、
近くの広場に、時空の箱から小屋を出す。
俺の世界とつながっている小屋なので、
電気も水道も来ている。
この異世界で耳かきを作った際の代金などは、
時空の箱を通じることにより、
俺の世界の銀行口座に振り込まれる仕組みだ。
そのうち銀行から何やら言われないかが不安でもある。
口座残高を記帳していないが、
かなりのものになっているかと思われる。
細々と耳かきを作っていた俺の口座残高が跳ね上がったら、
まぁ、口座を悪いことに使われたと思われかねない。
いろいろなものが銀行引き落としになっているが、
なんとか銀行にも説明したうえで、
あとは税金のことも考えないとと思う。
収入が増えると税金も増えるはずだ。
俺はため息を大きくつく。
耳かきを作って耳をかいていればいいわけではないなと思った。
『これこれ耳かきの勇者が何を落ち込んでいる』
俺の耳に語り掛けてくる存在。
この声は神様だ。
『面倒なことは神様にでも任せておけ。神様を信じるものは救われるというからな』
耳の中で神様が笑った。
「それじゃ、俺の世界の面倒ごとを任せてもいいか?」
『そちらの世界のことは理解してある。税も銀行も不動産も公共料金も任せておけ』
「ありがたい」
『耳かきの勇者は、耳かきに専念できるのがいいということだ。これからも頼むぞ』
「ありがとう、神様」
『なぁに、神の力としては微々たるものよ。安心していいぞ』
耳の奥で神様が笑った。
俺の頭の中の憂いがなくなる、愉快そうな笑い声だった。
とにかく、耳かき製作と耳かきに集中できるのはありがたい。
耳かきの勇者の税金対策などと言い出したら、
笑い話にもならない。
「勇者様、どなたかとお話をされていたのですか?」
俺の隣でリラが問いかける。
「神様と話していた。俺の世界のことは、神様が何とかしてくれるそうだ」
「あちらの世界とつながっている、この小屋のことも、ということでしょうか」
「そういうことだ。おかげで耳かきに専念できそうだ」
「さすが神様ですね」
「ああ、本当だな」
俺とリラの中で神様の株が上がって、
その夜は何の憂いもなく、小屋で休むことができた。
今まで訪れた場所でもらった食材での晩飯。
こちらの世界も美味いものは美味いし、
時空の箱に入れているから腐ることもない。
フカフカの布団は、ペトペトさんもショージィさんも気に入ったらしい。
ペトペトさんもショージィさんも、リラの肩に乗るほどのサイズだから、
布団に入っても邪魔にはならない。
ただ、これからリラがこのような従魔らしいものを増やしていくと、
布団が窮屈になるかもしれない。
俺はあいかわらず通じているパソコンで通販サイトを開き、
ペット用寝床を注文した。
寝る前にリラの耳をかく。
この神の耳が俺の命綱といっても過言ではない。
この神の耳も、しっかり手入れをしておかないといけない。
そして、俺ほど体力のないリラには、いつも負担をかけてしまっていると思う。
役割分担といえばそうなのだが、
走る俺によくついてきてくれていると思う。
俺はがんばるリラを労わるため、耳にマッサージを施す。
ほどなくしてリラはうつらうつらし始め、
間もなく眠ってしまった。
疲れていたんだな。
いつもありがとう。
翌朝、俺はリラが目覚める前に、
小屋の周りを走り込む。
アップダウンはそれほどないところだが、
走り込みや鍛錬をしないと身体が鈍るような気がする。
身体を動かしていると、声が遠くからかかった。
「勇者様ー。耳かきの素材はこちらでよろしいですかー」
「こちらも耳かきの素材です」
「どうぞこちらもお使いください」
朝早くから、いろいろなところより耳かきの素材が届く。
中央都市から運ばれてくる素材。
黄の国の海から小舟で運ばれてくる素材。
街道から運搬用の動物に乗せられて運ばれてくる素材。
小屋の周りは瞬く間に素材でいっぱいになった。
さすがの俺も驚いた。
「記録官がしっかり手配をしてくれたね」
驚く俺の近くから声がする。
昨日会議室で襲撃を受けた後、介抱されていた黄の国の王だ。
今ではすっかり元気になっているように見える。
「耳かきの勇者、素材はこれで足りるだろうか」
「ああ、これならいくらでも作れる」
「ありがとう。耳かきは黄の国で買い上げよう」
黄の国の王は約束して、
「僕はもうひとつ、やらなければならないことがある」
そう言って、中央都市の近くの海辺に近づく。
海辺には、アクアンズたちが姿を見せていた。
アクアンズの長らしい者が、黄の国の王の前にやってくる。
黄の国の王は、長を認めると、
「すまなかった。あなたたちアクアンズは何一つ悪いことをしていなかった」
そうして、深々と頭を垂れた。
アクアンズの長は、
「体調は戻りましたか? 黄の国の王」
と、黄の国の王の体調を気遣う。
「ああ、もう回復をしたよ」
「我々の言葉が通じるということは、耳の呪いも解けたのですな」
「ああ、しっかり聞こえるよ」
「これからは力を合わせて黄の国を守っていきましょう」
「あなたたちが力を合わせると言ってくれるならば、これほど心強いことはない」
「黄の国の王の耳の呪いが解けたのならば、何も恐れるものはありません」
黄の国の王は、海辺の浅いところに歩み寄る。
アクアンズの長も近づいていく。
彼らはしっかりと握手をした。
この国はきっと大丈夫だ。
朝日の中で握手する彼らを見ながら、俺はそんなことを思った。