俺たちは黄の国の中央都市の、耳の呪いをすべて解いた。
湿邪の残りもペトペトさんが回収した。
あとは、黄の国の権力者、いわゆる王に会いに行こうと思う。
アーシーズとアクアンズの対立を煽ったらしいと聞いている。
水の毒が云々と言っていたと、どこかで聞いたように思う。
その頃から、湿邪の気配を感じていたのかもしれない。
黄の国は俺が来るまで長雨が続いていた。
雨雲の耳の呪いを解くまで、ずっと雨だった。
そこに、魔王の手先であろう、闇の貴公子リュウが、
湿邪の力をさらに強力にしていったと考えるのが妥当だろう。
今ではリラの肩に乗るほどの元湿邪のペトペトさんだが、
力のくわえようによっては恐ろしいものになるということだ。
とにかく、雨は晴れ、耳の呪いは解け、湿邪は掃除された。
会えるならば王に会って、他の国のことも聞いておきたいと思う。
黄の国はこの世界の中心にある国。
他の国の情報もたくさん入っているはずだ。
多分今ならば話が通じる、と、信じたい。
俺とリラとペトペトさんは、元気になった中央都市のいろいろな住人に話を聞きつつ、
黄の国の権力者の集う、中央議事堂へと案内された。
ここは、黄の国の王を中心に、
様々の民族種族の代表が集って、
いろいろなことを会議で決めているらしい。
黄の国の王は、基本黄の国のアーシーズがなるらしい。
アーシーズは、中央都市の住人に言わせると、中立の種族らしい。
どの種族の特性も持たないゆえ、理解しようとつとめる種族特性があるらしい。
それが、長雨で黄の国の王がおかしくなった。
湿り気や水をまとう、アクアンズを目の敵にし始めた。
議事堂の中も大変だったらしい。
先程ここの中も神速の耳かきで走ってきて、
高速で皆の耳をかいてきた覚えがあるが、
正直、たくさん耳をかきすぎていて、どれが一番偉い存在なのかはわからなかった。
耳は等しく平等だ。
聞こえにくいなどはあるかもしれないけれど、
大体の存在に、耳はある。
それぞれが唯一の耳で、上も下もない。
だから、かいた耳の感覚は共有していても、
どれが王の耳なのかはわからない。
権力者であっても、耳は耳だ。
中央議事堂の入口で、俺は警備していた兵士らしい者に、
耳かきの勇者だと名乗る。
リラのことも、神の耳の巫女と説明した。
兵士ははっとして、
もしかして耳がまともになったのも、身体が楽になったのも、
あなた様たちのおかげですかと感謝された。
俺は、耳の呪いを解いて、湿邪をはらっておいたと説明した。
ペトペトさんに関しては説明しないでおくことにした。
下手に怖がらせるのは得策ではない。
兵士は議事堂の中に入っていき、
しばらくして、整った身なりの男性がやってきた。
聖職者と裁判官の中間のような服装だなと、俺はぼんやり思う。
男性は深々とお辞儀して、
この度の耳の解呪、誠にありがとうございましたと、
まずは俺たちに対して礼を言う。
そして、深刻な顔になった。
権力者たちの集う、会議室が、
耳の呪いが解かれて湿邪がはらわれた直後から、
何者かによって結界が張られているとのこと。
おそらく、耳かきの勇者様がここに来られるまでに、
会議室を乗っ取った何者かがいるかもしれないこと。
邪なものの手に落ちては、
黄の国の王をはじめ、たくさんの権力者たちが危険にさらされる。
どうか、なんとかしてくださいと、
男性は深々とお辞儀をした。
俺は、男性に会議室まで案内してもらうことにした。
リラの肩の上でペトペトさんが何やらけたたましく鳴いている。
何か、いるのかもしれない。
会議室までの道のりの間、
気温が上がってきているのを感じた。
赤の国とは違う、じめじめした蒸し暑さがある。
会議室に近づくにつれ、蒸し暑さは増していく。
道案内をする男性も、汗を拭いている。
明らかにおかしい。
リラが何か思い当たったらしい。
「ペトペトさんが、暴走した邪の気配がすると」
「この暑さのもとってことか」
「暑さの邪、おそらく暑邪です」
「暴走させてるのは、あいつか」
「おそらく、闇の貴公子」
「湿邪も奴がひどい事にさせていたな」
「勇者様が耳の呪いを解き、湿邪をはらったとき、その時に会議室に現れた」
「それで結界と、暑邪というわけか」
「闇の貴公子は、以前対峙したときに、中空に浮いていた存在です」
「空から現れたり、空間を転移したりもできるかもしれないってわけか」
「そのくらいはできるかと思います」
「目的は中央都市の権力か」
「もしかしたら、耳の呪いを中央都市から再び広げなおそうとしているのかもしれません」
「止めるぞ」
「はいっ」
俺とリラは、汗をかいている男性から会議室の場所を聞きなおして、
男性を置いて走り出した。
大きな扉があった。
触れると、抵抗があった。
結界だ。
この向こうから、すさまじい蒸し暑さが漏れ出している。
この蒸し暑さはやがて議事堂から中央都市を包むかもしれない。
まずはここで食い止める。
以前は遠隔耳かきで結界の隙間から中に入ったが、
今回は隙間はなさそうだ。
ならば、結界を破壊するか。
何か、俺の中でそういったスキルはないだろうか。
硬度で言えば、ニードリアンの髪を束ねれば、鋼のような耳かきができるだろう。
まだ錬成したことも使ったこともない。
日本刀のように、対象を斬るスキル、
それは、結界という、魔法的な物を斬るスキルでなくてはならない。
俺は時空の箱からニードリアンの髪を取り出し、
日本刀を細くしたような耳かきに仕上げる。
耳かき斬術で行けるかと思ったその時、
頭に文字が浮かび上がった。
多分これならと思い、俺はスキルを発動する。
「耳かき斬術・破魔の型!」
日本刀を薙ぐような形で、俺は耳かきで結界を横に斬る。
魔法で作られた結界はズルッとスライドして、
ガラスが壊れるように粉々に砕けた。
俺は大きな扉に体当たりして中に入った。
中は猛暑だ。
たくさんの黄の国の権力者と呼ばれている者たちが、
暑さでぐったりしている。
先程かいた耳に一致している。
この会議室は、神速の耳かきで耳の呪いを解かれた後に、
わずかな時間で制圧された。
会議室の中空に、浮かぶのは、
「闇の貴公子、やっぱりお前か」
俺が闇の貴公子をにらむと、
「思ったよりやるな、耳かきの勇者。湿邪をはらって、結界まで壊すとは思っていなかった」
と、闇の貴公子は笑う。
そして、
「さぁ蹂躙せよ暑邪」
会議室の蒸し暑さが増した。
汗が噴き出てくる。
このままでは中央都市が暑さで機能停止してしまう。
中央都市は生きた都市でもある。
あのでかい耳を持った都市だ。
それが暑さで機能停止するということは、
中央都市すべての存在の存亡にもかかわる。
この会議室のたくさんの権力者だけでなく、
大きな大きな中央都市の、たくさんの住人たちの命がかかっている。
耳の呪いを解くだけでは足りない、
何か、誰か、どうにかできないか、
暑さで朦朧とした俺の耳に、聞いたことのある声が届く。
『忘れたか。黄の国には大量の水があり、リヴァイアサンがいることを』
中央都市すべてに届くような吠える声が届く。
リヴァイアサンの大きな鳴き声だ。
『暑さは水で冷やすが道理。行くぞ!』
中央都市を揺るがすほどの大きな水音が遠くから。
そして、一拍間を置くと、
大量の水が中央都市の上から落ちてきた。
蒸し暑さがどんどん流されて行く。
会議室の空気も冷やされて行く。
「ふん」
闇の貴公子は鼻を鳴らして、会議室の中空に魔方陣を出して、
そこからどこかに転移していった。
あとには、ぐったりした黄の国の権力者たちが残った。
俺たちは慌てて、議事堂の誰かを呼んだ。
議事堂の中で働いているいろいろな人々が駆けつけて、
会議室にいる者の手当てをした。
ひとまずこれでおさまるといいんだが。