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第21話 あまぐもの物語 湿邪撃退に雨雲を晴らしたら小さな仲間ができた

俺とリラは黄の国の町へとやってきた。

そこはベトベトしたものに覆われていた。

おそらく湿邪だ。

走ろうにも足をとられて進みづらく、

まず、この湿邪をどうしていいものかわからない。

町の誰かが湿邪にとりこまれて苦しそうにしている。

一人二人ではない。

外見から察するに黄の国のアーシーズになるのだろう。

アクアンズとは違い、湿りには弱いのかもしれない。

町を進んでいっても、

たくさんの建物の扉は閉ざされている。

湿邪が入らないようにしているのか、

あるいは、このような不定形の湿邪だから、

扉の隙間からすでに入っているかもしれない。

雨はしとしと降り続き、あたりはじめじめとしている。

町の外に出ている住民は、苦しそうにうめいている。

俺たちの足元にも湿邪がまとわりつく。

これが生き物であってもなくても、

耳の呪いがもとでこうなっているとするならば、

耳かきの勇者である俺の出番だが、

湿邪は耳が呪われているわけではない。

おそらくは、闇の貴公子の放った存在の一つであり、

湿邪の耳は呪われておらず、

人々に害をなす存在としてこの町にある。

ならばどうするか、湿邪は水気を含むと湿度を増してしまう、

水で流すことはできない。

この長雨は湿邪を強めている。

俺は天を仰いだ。

そして、ひらめいた。

「リラ、神語の声の具合はどうだ」

「先程の特別な耳かきの効果がまだ残っていますが…まさかこの町の」

「いや、違う。この町でなく、空に向かって神語を放ってほしい」

リラも空を見上げる。

どんよりとした雨雲がある。

「雨雲の耳をかいて、耳の呪いを解き、雨雲を晴らす」

「この長雨は雲の耳の呪いのため、だと」

「幸い、俺には無生物の耳の呪いが解ける耳かきがある。竹の耳かきだ」

「恵みの火の耳の呪いも解きましたね」

「あとは、リラの神語が空に届くか、そして、俺の耳かきが雲まで届くか、だ」

「やりましょう。勇者様。今ならば私も行ける気がします」

「頼むぞ」

リラは大きく息を吸いこんで、空に向かって神語を放つ。


『アマグモヨ キキナサイ アナタノ ミミノ ノロイヲ トキマス』


仔馬の角の耳かきで声を届ける力の強まった、

リラの声が空へと飛んでいき、

そして、雨雲に届いた瞬間、

俺の耳と雨雲の耳の感覚が共有される。

「よし、耳の感覚が来たぞ」

「それでも、雨雲までどうやって耳かきをするおつもりですか?」

「まぁ見ててくれ」

俺は時空の箱から、竹の素材を取り出すと、

耳かき錬成で槍のような耳かきに仕上げる。

雲のような湿度に対抗するには、きっと植物がいいのと、

あと、無生物にはやはり竹の耳かきがいい。

俺はそう判断した。

そして、


「耳かき投擲!射の型!」


耳かきを槍投げの要領で、空に向かって思いっきり投げる。

槍のような耳かきは、空に向かってぐんぐん飛んでいく。

やがて、耳かきが雨雲に入ったことを俺は感じる。

そこでまた、俺はスキルを発動させる。


「遠隔耳かき!」


俺の耳は雨雲の耳と感覚共有がなされ、

俺の手は、雨雲に突っ込んでいった、

槍のような耳かきを遠隔操作している。

俺は、雨雲の耳を、感覚を頼りに探し、見つける。


「ここだ!」


雨雲の耳は、やはり呪われていた。

俺は雨雲の耳の呪いを丁寧に解いていく。

雨雲の耳の呪いが解けていくと、

雨雲はだんだん薄くなって、雨を降らさぬ雲になっていく。

俺の視界から、どんよりした雨雲が、

まばらな雲になっていき、雨が徐々に止んでいく。

やがて、太陽の光が差し込んでくる。

長雨が終わりを告げた。

虹がかかる。

湿度の高い空気が、徐々に乾いていく。

俺たちの足元にまとわりついていた湿邪が、

乾いて意味をなさないものになっていく。

人々にまとわりついていた物も、

乾いてパラパラと剥がれていった。

町が湿邪から解放されて行く。

町の人々が扉を開けて出てくる。

何を言っているのか、言葉はわからない。

多分まだ、耳の呪いは解けていない。

俺はリラに目配せをした。

リラは理解して、神語を放つ。


『ミナサン キイテクダサイ アナタタチノ ミミノ ノロイヲ トキマス』


リラの神語の威力が広範囲に届き、

俺はたくさんの耳と感覚を共有する。

おそらく、湿邪にやられていた耳は、

いわゆる湿度の高い飴耳になっている可能性が高い。

耳の呪いもべったりと張り付いているだろう。

セオリー通りならば綿棒だが、

この数の耳の呪いを解きつつ綿棒を準備するのは手間がかかる。

俺は、時空の箱から、火の石を取り出した。

耳かき錬成で耳かきに仕上げる。

火ならば、耳を乾かしつつ、粘ついている耳の呪いも解けるはずだ。

俺は火の石の耳かきを構え、


「神速の耳かき!」


叫んで神速の耳かきを発動させる。

湿邪が乾いた分、足元が楽になり、

神速の耳かきが問題なく発動できる。

俺はものの数秒で町の住人の耳の呪いをすべて解く。

そして、リラの隣に戻ってきた。

町の住人が、何事かわからないと言った顔をした後、

互いに言葉を交わし、

言葉が通じることと、苦しめていた湿邪がなくなったことに気が付き、

町が歓喜に沸き立った。

やはりこの光景はいいものだなと俺は思う。


町の住人達から礼を言われ、

湿邪の残骸の後片付けが始まった。

湿邪はその過剰な湿度で物を腐らせたりもしていたらしい。

黄の国はすべての国の中心にある海洋の国で、

船などによる交易をしていたらしいが、

長雨と湿邪でいろいろな物が腐っていて、

困っていたところに、陸が沈みかねないほどの長雨。

ほとほと困っていたらしかった。

俺とリラも後片付けの手伝いをする。

乾いた湿邪の残骸は、少し掃除すれば剥がれていきそうだ。

町の皆も元気を取り戻し、晴れた中で残骸を掃除していく。

ふと、リラが何かに気が付いた。

日陰に何かがいるらしい。

「勇者様、そこに何かがいます」

「本当だ。一応害を持つものかを鑑定してみるか」

「お願いします」

俺が鑑定をしてみた結果、驚くべきことに、

日陰にいたものは、湿邪の核だった。

鑑定によると、このような存在は、

誰かに従っていないと、存在が消えてしまうらしい。

俺の少ない知識だと、従魔とか、式神とか、使い魔みたいなものか。

このままほっといたら、この核は乾いて消滅するだろうと、

俺はリラに話した。

リラは少し考えて、

「では、私がこの子を従えます」

そう言って、日陰に手を差し伸べた。

「おいで。友達になりましょう」

湿邪の核は恐る恐るリラの手に触れ、

その瞬間、湿邪の核は、小さな不定形の生き物になった。

いわゆる、俺の感覚で言う今風のスライムというわけだ。

「名前は、そうですね、ペトペトさんでどうでしょうか」

ペトペトさんと呼ばれた元湿邪は何やら鳴いている。

俺には言葉が通じないけれど、

神の耳の巫女には通じているらしい。

なんだか笑っている。

俺はペトペトさんを鑑定する。

元湿邪。今は湿の属性を持つ従魔。

湿り気を持たせたり、水を操ったりができるらしい。

今は力を失って、生まれたばかりのようなもので、

それほど力はないようだ。


町を片付けた後、

町の皆から、黄の国の中心都市に行ってほしいという依頼があった。

黄の国の王はその中心都市にいて、

おそらく中心都市も湿邪で大変だっただろうという。

黄の国の雨雲が晴れたことで、

湿邪が乾いているかもしれない。

中心都市の耳の呪いも解いて、黄の国の交易を正常に戻してほしいそうだ。

俺は二つ返事で引き受ける。

おそらく、アーシーズとアクアンズの断絶を招いたという、

黄の国の王の耳も呪われている。

アクアンズが悲しい思いをしないよう、

アーシーズが不要な怒りに燃えないよう、

耳の呪いを解いていき、互いが手を携えたらいいと思う。

雨雲は晴れた。

まだまだやることはいっぱいある。

それでも、天気が晴れれば心も晴れる。

きっとこれからも何とかなる。そんな気になる。

リラの肩の上でペトペトさんが鳴いた。

あいかわらず何を言っているのかは、わからないが、

リラも俺も笑った。

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