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第18話 すいもんの物語 黄の国への水門に詰まっているものがいた

火の谷の探索を終えて明くる日。

俺はいつものように早起きをする。

俺は、小屋周りの畑仕事をしておいて、

いつもの筋トレと走り込みをする。

赤の国は山道のようにアップダウンが少ない。

あのくらい負荷がないと走った気にならない。

それでも、かなりの距離を走り込んで、

満足したところで小屋に戻ってきた。

やはり、耳かき職人は身体が資本だ。

健康でないと、いい耳かきはできない。

そして、耳かきの勇者としてのスキルも、生かすことができない。

神速の耳かきなども、俺の体力が伴っていないと、

やはり生かし切ることはできないだろうし、

心身ともに健康でないと、他のスキルも生かし切ることができなくなるかもしれない。

世界中の耳の呪いを解くと決めた以上、

まずは俺が健康でないといけないし、強くあらねばならない。

そのため、鍛錬は欠かしてはいけない。

すべては耳かきのためだ。


鍛錬を一通り終えて、朝風呂を浴び、朝食の準備をする。

リラも起きてきて、二人で食卓を囲む。

赤の国で卵を手に入れたので、

異世界の卵をいただく。

俺の世界の卵の、上質なものと同じくらい美味い。

畑で取れた野菜も、なかなかいい出来栄えだ。

次の野菜を作付けしようと考えるが、

この場合、異世界の野菜という手もあるだろうか。

異世界の職に馴染んでおくのもいいかもしれないと俺は思う。

リラは食事をする際、よく、美味しいを言ってくれる。

俺一人では聞けなかった言葉だ。

誰かとともに食卓を囲むというのは、いいものだとつくづく思う。

笑顔のある食卓は、いいものだ。


食事を終えて身支度を整え、

小屋を時空の箱に戻す。

俺とリラはそのまま、赤の城に向かった。

赤の城の大広間に俺たちは通されて、

赤の城のたくさんの人々がいる前で、俺は新作の耳かきを納品した。

「これは、仔馬の角で作った耳かきに火蜥蜴の皮を定着させたものだ」

「なるほど、恐ろしく精巧な耳かきだな」

「こちらは、火の石で作った耳かきになる」

「石とは思えぬ、滑らかな形をしているな」

「それから、赤の国でもらった骨などで、赤の国の民向けの耳かきを作った」

「どれほどの数がある?」

「今、ここに取り出す。足りなければもっと作ろう」

俺は時空の箱から、耳かきをたくさん取りだす。

ザラザラザラザラ。

大広間が驚愕に包まれた。

これほどの数があれば国民すべてにいきわたろう、とか、

これほどの数をほんの数日で、とか、

そんな声が聞こえる。

「この耳かき、赤の国で買い上げよう」

「ありがとう。作った甲斐がある」

「礼を言うのはこちらの方だ。この耳かきで救われる民がたくさんいる」

「そうあってほしい」

「謝礼の準備を大至急しろ」

赤の王に命じられて、配下の誰かが謝礼の準備に取り掛かったらしい。


「耳かきの勇者よ。次は黄の国に行くと言っていたな」

赤の王が尋ねる。

「はい、水をせき止める原因があるはずだと思う」

「耳の呪いか、そのほかか」

「なんにしろ、水が来ないと赤の国が困る」

「そうだな」

「困った誰かを捨ておくことはできないからな」

「ありがとう、耳かきの勇者」

「もし赤の国に水が来たならば、俺が成功したと思ってくれ」

「信じているぞ」

「何とかしてみせるさ」

俺は微笑む。

赤の王も笑った。

その隣で仔馬も満足そうな顔をした。


赤の国の国民すべてへの耳かきの代金をもらって、

謁見は終了し、俺とリラは赤の国の屈強な兵士たちとともに、

黄の国の国境近くまで送ってもらえることになった。

馬のような動物に乗って、荒野を進む。

以前はこの荒野も草原であったこと、

季節によっては花も咲いたこと。

そちらの窪んだ所は川であったことなどが話された。

今は、申し訳程度の水が流れるばかりだ。

進むことしばらく、国境付近まで俺たちはやってきた。

関所があり、その近くに水門のようなものがある。

大きな水門は何かでふさがれている。

光の当たり具合から察するに、生き物だ。

俺は、赤の国の兵士たちに、下がっているように頼んだ。

かなり大きな生き物が、この水門をふさいでいる。

暴れたら何があるかわからない。

近くには黄の国への関所。

関所に詰めている兵士の耳が呪われていた場合、

何かこちらがアクションしたとしたら、

武力による衝突が起きないとも限らない。

ならば、俺がやることは、

とにかく耳の呪いを解くこと。

この大きな生き物の耳の呪いも解くこと。

黄の国が詰まるように仕掛けている可能性もあるけれど、

生き物が水門に詰まっているのは、きっと苦しいはずだ。

苦しいと思う事柄は、少ない方がいい。

俺は、リラに目配せする。

「できるだけ、大きく神語を放ってくれ」

リラはうなずき、大きく息を吸って、神語を放った。


『ミミアルモノヨ キイテ クダサイ ワタシタチハ ミミノ ノロイヲ トクモノデス』


神語が吸い込まれて行って、

俺の耳にたくさんの耳の感覚が共有される。

その中に、大きな耳も共有されている。

行ける、俺は思う。

俺は耳かきを構え、


「神速の耳かき!」


叫んで関所に突入する。

関所には詰めている兵士がたくさんいけれど、

そのすべてが多かれ少なかれ耳の呪いにおかされていた。

神速の耳かきですべて呪いを解いた後、そのトップスピードのまま関所を抜けて、

黄の国側に出る。

黄の国は水であふれかえっていた。

関所の隣の水門には、大きな生き物が詰まっていて、息も絶え絶えだ。

感覚共有している大きな耳も、かなりの呪いがかかっている。

俺は大きな生き物の身体に飛び乗る。

触れた感じでは、イルカやクジラに感じる。

俺は感覚を頼りに耳を探しあて、

時空の箱から長い木材を取り出し、

耳かき錬成で大きな耳かきを錬成する。

「耳の呪いを解いてやる。じっとしててくれよ」

俺は丁寧に大きな生き物の耳をかく。

感覚が共有されて、耳の呪いが解けていくのを感じる。

詰まっていた耳が解放されて、生きている音が耳にやってくる。

大きな生き物が動き出した。

俺はバランスを崩して水の中に落ちた。

大きな生き物は、水の中に落ちた俺の前にやってきた。

大きな生き物は、クジラのような大きさの、

俺の知らない生き物だった。

一番適切な言葉は、怪獣に近い。

「耳が聞こえる。生きた水の音が聞こえる…ありがとう、ありがとう」

怪獣のようなそれが、水門から離れて、

黄の国のあふれかえった水の中に帰っていく。

「我が名はリヴァイアサン…耳の呪いを解く強き者に祝福あれ」

俺はリヴァイアサンと名乗った怪獣を水中から見送ったが、

その直後、すごい水の流れに巻き込まれた。

水の流れは水門へとつながり、

今まで弱ったリヴァイアサンて詰まっていた水門から、

勢いよく赤の国へと水が流れて行く。

俺は、その水と一緒に、赤の国側に戻ってきた。

赤の国の川に水がどんどん流れて行く。

赤の国に水が戻っていく。

きっと、赤の国の皆も喜んでくれるだろう。

おそらくだが、黄の国に少し入った限り、

黄の国は水があふれかえっていた。

この詰まりが抜けたことで、黄の国にもいい影響があればいいと俺は思った。

遮るものがなくなった水は、虹をかけながら流れる。

何事かというように、黄の国への関所から兵士が出てくる。

何があったんだと聞こうとして、耳の呪いが解けているのを感じたらしい。

そして、水門が開かれているのを見て、彼らも喜んだ。

俺たちを案内してきた、赤の国の兵士たちも喜んだ。

彼らは喜びあって握手を交わした。

まずはよかったなと俺は思った。

ただ、黄の国はどんな状況かわからない。

しっかり耳の呪いを解いていきたいと、俺は気を引き締める。

改めて、ここは異世界だ。俺の常識にだけ頼っていてはいけない。

何が起きても、おかしくはない。

例えば、俺たちの敵があらわれることだって、ありうる。

可能性は、ゼロではない。

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