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第16話 めぐみのひの物語 恵みの火には守るものがあった

火蜥蜴の大きな個体に導かれて、

俺たちは火の谷の奥へと進む。

奥の方に行くにつれて、谷というより洞窟の様相を呈してきている。

ただ、形としては洞窟に近いが、周りは明るい。

上を見上げると日光は届いていない。

どうやら、この洞窟の壁自体が光っているのだと、その時気が付いた。

手を伸ばしてみると熱を感じる。

おそらくこれが火の石なのだろう。

奥へ奥へ進むと、火の石とは違う明かりが見えてきた。

明かりに向かって歩いていくと、大きな空間に出た。

たくさんの火の石の輝きに囲まれた大きな空間。

その中心に、大きな火が灯っている。

「あれが恵みの火になります」

「すごい火力だな」

「これでも恵みの力が落ちています」

「なるほどな」

俺はうなずいて、改めて恵みの火を見る。

キャンプファイアーよりも、もっと大きな火の塊は、

大きな空間の真ん中から生じている。

時折大きくなり、小さくなりを繰り返している。

炎の揺らぎというより、切れかけた電球の明滅のように思われた。

恵みの火に耳の呪いがかかっているかは、わからないが、

耳の呪いの所為で弱っているのならば、

耳かきが力を発揮するはずだ。

俺は、リラに目配せをした。

リラはうなずき、神語を発動させる。


『アナタノ ミミノ ノロイヲ トカセテ クダサイ』


神語は発動され、俺の耳に耳の感覚が共有される。

ただし、ひとつではなかった。

確実に俺以外に二組の耳が感覚共有している。

片方の耳は、形が定まらないけれど耳として存在するもの。

これは多分恵みの火の、耳とされる器官。

もう片方の耳は、形が定まっている。

おそらく動物的な何かの耳だ。

火蜥蜴とも違うようだ。蜥蜴の耳ではない。

この耳の感覚だけでは、どんな存在なのかを特定することはできない。

恵みの火の耳は、やはり耳の呪いがかかっている。

多分、生物ではないと俺は判断して、

竹の耳かきを構える。

恵みの火は、火力を落としてくれたようだ。

おかげで火に焼かれることなく、

感覚共有している耳の器官まで、近づくことができた。

俺は感覚を頼りに、恵みの火に竹の耳かきをそっと差し込む。

俺の耳に恵みの火の耳の感覚が伝わってくる。

呪いのへばりつき具合は相当なものだ。

無生物であっても耳に呪いはついてしまうのか、

いや、無生物だからこそ、耳を守ることができないのかもしれないと俺は思った。

今まで出会ってきた異世界の皆も、耳の呪いに苦しめられていた。

耳は基本、外に向けてずっと開かれているものだ。

そこから呪いが入ってくるのは容易だということだろう。

耳をふさぐことができないならば、なおさらなのだろう。

俺は恵みの火の耳をかく。

火力を落としてくれているおかげで、

体感としてはサウナにいる程度の温度だ。

耳の心地よい場所をかいていき、耳の呪いを解く。

恵みの火の耳の呪いが解けた。

恵みの火が、ため息をつくように揺らいだ。

俺の耳に恵みの火の言葉が届く。


『この子の耳の呪いも解いてくれ。この国にとって大切な子なんだ』


恵みの火が、火の下から、隠していた何かを示した。

それは、白い、角を持った馬だ。

身体のサイズから、多分仔馬。

先程耳を繋いだ際のもう一つの耳は、多分この仔馬だ。

「こ、これは、角あるものの祖の獣!」

俺たちと一緒にここまで来ていた、

火の谷探索部隊の隊長らしいものが、声をあげる。

たしか、町の角堂だったか。

たくさんの角あるものの彫刻がなされていて、

その一番上に、角の生えた馬の彫刻があったように思う。

俺の世界でいうところの、ユニコーンだ。

隊長らしい彼が言うには、

角あるものの祖ということだから、

この、角のある馬から、角のあるいろいろな獣、

そして、ホーニーズが生まれていった。

そんな伝説でもあるのかもしれないし、

あるいは、ここは俺にとっては異世界だし、

角あるものの祖からホーニーズまで、

すべての血脈がつながっていることも、あるかもしれない。

俺の常識で考えるものでもないかもしれない。

「角あるものの祖の獣は、消えてしまったと聞いていました」

隊長らしい彼が言う。


『この子を守って親は呪われて死んでしまった。今度はこの子を守ってほしい』


恵みの火から声が届き、俺はうなずく。

「赤の国の皆が、この子を守ってくれるだろう。さぁ、耳をかくぞ」

仔馬は震えていたが、おずおずと耳を差し出してきた。

俺は、英雄の角の耳かきを取り出す。

俺は慎重に耳をかいていく。

かなりの耳の呪いがかかっている。

感覚共有で不快感まで伝わってくる。

これは辛かっただろう。

親を亡くして、まだ幼いのに孤独になって、

さらに耳の呪いまで受けて、

さぞかし辛かっただろう。

俺は、仔馬の耳を、出来るだけ心地よくしていく。

もう大丈夫だと伝わるように。

仔馬の震えは、しばらくすると止んで、

心地よさそうな呼吸に落ち着いた。

耳の呪いは解けた。


俺と仔馬は、恵みの火から離れる。

恵みの火が深呼吸のようなものをすると、

煌々と輝きだした。

火力がかなりのものになっていて、

その周りから火の石が生成されている。

恵みの火の燃えている場所から、火の塊がクルクルと回ると、

それが小さな火の石になる。

また、火が絡まると、小さな火の石がサイズを大きくしていく。

この洞窟のたくさんの火の石は、

こうして火の石が成長していったものなのだろう。

「恵みの火が元に戻られましたな」

探索部隊の隊長らしい彼が言う。

「これで火蜥蜴も飢えることはない」

火蜥蜴の大きな個体が言う。

「それでは、この仔馬は、赤の城に一度連れて行ってもらっていいだろうか」

俺が提案する。

「そうですな。角あるものの祖の獣の今後について、皆で話し合いましょう」

「どうか、大事にしてやってくれ。きっと辛い思いをしてきたんだ」

「おまかせください」

俺のお願いに、隊長らしい彼は胸を張って答えた。

「それでは、王の許可もございますし、耳かきの素材として、火の石を採取なさってください」

「ありがとう。きっといい耳かきになる」

俺は、火の石を時空の箱にいくつか入れる。

「耳かきの素材、であるか」

火蜥蜴の大きな個体が、火の石を採取する俺に声をかけた。

「ああ、俺はどんな素材からでも耳かきを作れるんだ」

「それでは、火蜥蜴の脱皮した皮など、どうだろうか」

「あるのならば、分けてもらえるとありがたい」

「いくらでも持っていくがいい、耳かきの勇者」

火蜥蜴の大きな個体は、

火の谷のどこかから、火蜥蜴の脱皮した皮を持ってきた。

多分火蜥蜴の集落のようなところから持ってきたのだろう。

俺はありがたく、皮をいただく。

爬虫類系の光沢のある皮だ。

単体では柔らかすぎるが、

例えば他の素材と組み合わせれば使えるかもしれないし、

特殊な効果が得られるかもしれない。


火の谷の問題を解決して、素材も手に入れ、

俺たちは仔馬とともに赤の城へ戻っていった。

世界にはまだ問題が山積みだ。

手の届く範囲から、耳かきをしていって、

この世界を癒していきたいと思う。

小さな一歩だけど、一歩がないと次もない。

一歩を踏み出すことが大切だ。

すべては積み重ねだと俺は思う。

俺の能力は反則技に近いかもしれないけれど、

こつこつ、手の届く範囲の耳の呪いを解いていく。

それを努力して重ねていくしかない。

いずれ、また、スキルを身につけるかもしれないけれど、

基本は耳かきだ。

耳かきの勇者として、この世界の耳の呪いを解く。

まだまだ道半ばだが、今後もがんばろう。


遠くに、夕日に照らされた赤の城が見えてきた。

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