ゆっくり休んで青の国に朝が来た。
昨晩は、リラのために通販で注文したいろいろなものが届いて、
髪がサラサラになったとか、身体がすべすべになったとか、
この着心地のいい衣類は一体とか、
リラが大騒ぎをしていた。
マイナスの反応ではないので、良しとしよう。
俺は、俺用に布団を通販で注文していたので、
空の果ての国の雲で寝ることはしなかった。
あれもなかなかいいんだが、
やっぱり俺は布団の方が性に合っている。
単純に、それで育ったということだな。
さて、朝になったら、
小屋の周りの畑の手入れをして、
必要であれば収穫。
今日もいい野菜に仕上がったみたいだ。
リラはいつも飯が美味いと言ってくれるが、
この世界はどんな飯を食べているのだろうか。
そのあたりも少し気になった。
確か、芽狩りの部隊に同行した際には、
弁当みたいなものとして、パンのようなものを食べた記憶がある。
鑑定をしておけばよかった。
畑の手入れが終わったら、
どんな耳かき素材も使えるように、朝の鍛錬。
とにかく硬い素材などを使う時は、
やはり筋肉が物を言う。
技術もそうだが、鍛えていないと、扱えない素材があることは、否定できない。
本当は山道を小屋から麓まで往復したいのだが、
ここでそれはできないので、走り込むことで解消する。
そして、耳かき斬術に関しても、型を学びなおしておく。
もしかしたら、型を学びなおすことで、
派生して次の型のスキルなどが得られるかもしれない。
あるいは、全く違う耳かきの何かのスキルも、取得できるかもしれない。
一通り鍛錬を終えて、
俺はシャワーで汗を流して、
朝飯づくりに取り掛かる。
食材はまだあるけれど、小屋まで通販を届けてもらうこともできるし、
なんだったら、異世界で鑑定をしたうえで、
異世界のいろいろなものを、食材にしてもいいかもしれない。
まだ調味料などはある。
最低限の知識さえあれば、
なんとか飯に仕上がるだろう。
俺が適当な朝飯を作っている間に、
リラが起きて着て身支度を整えていた。
森の中をかなり歩いたので汚れた服を洗濯して、
朝になったら乾くように干しておいたものだ。
気持ちよく起きたであろうリラと、
一緒に朝飯を食べる。
「それで勇者様、今度はどうなされるのですか?」
「今度はって?」
「青の国の耳の呪いはこうして解かれました。次はどこに向かわれるのでしょうか」
俺はうーんと唸って考える。
異世界は、どこもかしこも俺の知らない国だ。
最初に国に入る際に、攻撃されることもあるかもしれない。
なにせ、みんな耳が呪われているのだ。
疑心暗鬼を極めているような状態だ。
「青の王に相談してみるよ」
「なるほど」
「国交をしていて、耳の呪いがひどそうな国はどこか。そこに行ってみるよ」
「危険ではないでしょうか」
「危険でも、みんなの耳の呪いを解かなくちゃな」
「勇者様はお強いですね」
「俺が耳の呪いを解くには、リラもいなくちゃいけない」
「私も…」
「神語で耳を繋いでもらわないと、俺は耳の呪いが解けないんだ」
「お役に立ててますでしょうか」
「君でないとダメなんだ」
「ありがとう、ございます」
リラは少し泣きそうになっていた。
朝飯の後片付けも終え、
小屋を時空の箱に戻す。
当たり前の広場が残った。
その後、王に謁見する。
王からはねぎらいの言葉と、耳かきを青の国で買い上げた代金が支払われた。
青の国の国民すべてにいきわたるくらいの耳かき、
その代金はかなりのものだ。
俺はありがたく頂戴して、代金を時空の箱に入れる。
多分、俺の世界の方の通帳と、この異世界の通貨の、
両方共用として使えるようになっているはずだ。
「さて、耳かきの勇者よ。次はどこに向かうつもりだ」
青の王が尋ねる。
「耳の呪いがひどそうな国に行こうと思っています」
「ふむ…それは危険ではないか?」
「いずれ全ての耳の呪いを解きますから、早いか遅いかの違いです」
「なるほど…」
「それで、国交をしているにあたり、耳の呪いがひどそうな国はどこでしょうか?」
青の王は考えて、
「赤の国がひどそうだな。録音された文書が攻撃的になっている」
確か、最初に青の王に謁見した際、
黒の国から、青の王の髪を分けてほしいという録音文書があった。
あれは攻撃的ではなく、青の王の耳が呪われているための、
勘違いだったとわかったわけだ。
ということは、比較的、黒の国の耳の呪いはひどいことにはなっていない。
一応、表面上は。
ただ、耳の呪いが解かれた青の王が、
赤の国の録音文書が攻撃的だというならば、
多分赤の国は、耳の呪いがひどい事になっている。
そうでなくても、国同士の表に出ていないだけで、
耳の呪いがひどい事になっている国もあるかもしれない。
国同士という表に出ているとするならば、
赤の国の耳の呪いは、かなり深刻な事態かもしれない。
「行くのか、赤の国へ」
「はい、多分事態はかなり深刻です」
「青の国の護衛は国境までしか行けぬ」
「大丈夫です」
「強いな、耳かきの勇者は」
青の王が感嘆する。
「さらに強くなり、世界中の耳の呪いを解いてくれ。頼んだぞ」
「はいっ」
俺とリラは、青の王に一礼して、その場を去った。
赤の国との国境まで、青の国の護衛と道案内がつくことになった。
青の国の食事が、弁当として持たされた。
木の皮で包まれた、パンみたいなものと、
食用に育てられた鳥を焼いたもの。
香りをかぐ限り、燻製の気配が強いようだ。
多分木材で燻製をしてあるのだろう。
俺たちは青の城を出発して、赤の国との国境を目指す。
街道は一応あるのだが、
森がすぐ近くまで生い茂っていて、
見通しはあまりよくない。
途中で弁当の燻製鳥と、簡素なパンをいただいた。
味付けにもう少し塩があってもいいと思ったが、
もしかしたら、青の国では塩が貴重品なのかもしれない。
俺の世界でも、岩塩とか、海水塩とかがおもだし、
取れないとなれば、塩は貴重だ。
青の国と国交を結んでいる国の、耳が呪われていたら、
塩が入ってこない事態も想定しうる。
海のある国は黄の国だと聞いているけれど、
そこが塩を出し渋ったならば大ごとかもしれない。
街道を進んでいくと、
壁がそびえたっている。
「あれが、国境の壁です」
壁は国境にそって、ずっと見える限り続いている。
「国境の壁は魔法で建てられています。通常、壊すことはできません」
「なるほど」
「歩いて入るならば、国境の壁の関所で許可を得てからになります」
「その他には、竜便か」
「竜便は本数が限られており、大抵の場合は、許可済みのものが飛びます」
「俺たちのあれは特別だったってことか」
「耳が呪われていたとはいえ、大変失礼いたしました」
「いや、大体わかったから大丈夫だ」
俺たちは青の国の端っこ、
赤の国との国境の関所にたどり着く。
「我々はここまでになります」
「今までいろいろありがとう」
「勇者様も、お気を付けて」
護衛と道案内は、国境を越えられない。
多分そういう決まりなのだろう。
俺は魔法でできた国境の壁の一角、
青の国と赤の国の間の、関所の扉を開いた。
関所には、屈強な兵士が番人としている。
3人くらいだろうか。
奥にも扉があり、向こうに誰かがいる可能性もある。
関所の主的な物とか、そういった存在が。
俺はとりあえず話しかけるが、言葉が通じない。
向こうの言葉も意味を成すものではなく、
だんだん激昂してきたようだ。
おそらく耳が呪われている。
赤の国の端っこである関所で、耳が呪われているということは、
赤の国全体に、強い耳の呪いがかけられているかもしれない。
まずはこの番人と話をしないことには、話が進まない。
奥に誰かがいるならば、それらの耳の呪いも解こう。
そうでないと、まずは国に入れない。
「リラ、神語を頼む」
リラはうなずき、神語を選んで発動する。
『ワタシ タチハ アナタタチノ ミミノ ノロイヲ トクモノデス』
俺の耳と、ここにいる3人と、
多分扉の向こうにいる何人もの耳が神語で感覚共有される。
俺は、耳かきを構えた。
この数ならば余裕だ。
青の国で作った竹の耳かきが閃く。
「神速の耳かき!」
赤の国も、一筋縄ではいかないようだ。