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第80話

「アリア、ちょっといいか?」

「なぁーにぃー?」

 こんもりと盛り上がった布団の中から、くぐもったアリアの声が聞こえる。今日は授業が無いからな。惰眠を貪っていたのだろう。相変わらず敵を警戒しない無防備な姿に心配になる。そんなことでは野良では生きていけんぞ?

「見せたい物がある」

「どれー?」

 布団からアリアの顔が生えた。アリアの長い黒髪がボサボサの荒れ放題だ。

「みっともないぞ」

「わーったわよ、もー」

 アリアがベッドの上へと座り込むと、眠たげな目を擦りつつ、手櫛で髪を整える。まだぴょんぴょん跳ねているが、大分マシになったな。

「それで?見せたいものって何?」

「うむ。これだ」

 我は自分の影の中からそれを取り出す。ジャラリと音を響かせて現れたのは、茶色い山だ。だいたい我と同じくらいの大きさがある。

「何それ?…ハッ!あなた、まさかまた虫持ってきたわけじゃないでしょうね!?」

 アリアは虫が嫌いらしい。この前、アリアの狩りの練習になるだろうと虫をプレゼントしたら怒られた。活きが良くて良い玩具になると思ったのだが……。確かアリアが「ゴキ…!」とか叫んでいたな。

「違う、虫ではない。よく見るのだ」

 我は茶色の山をぺシぺシと叩く。茶色の山が崩れ、ジャラジャラと音を立てた。

 アリアがベッドの上を這って茶色い山へと近づく。そして恐る恐る手を伸ばすと、山の一部を摘まんで、顔の前でしげしげと眺める。

「これ…銅貨?まさかこれ全部銅貨なの!?」

 アリアが驚きの声を上げる。今にも声がひっくり返りそうだ。

「うむ。中には銀貨もあるがな」

「銀貨も!?」

 銀貨と言えば大金だからな。アリアが驚くのも無理はない。

「こんなにたくさん…どうしたのよこれ?」

「猫達が拾ってきたのだ。正確には拾い集めるよう指示を出したのだがな。金が無くて干し魚が買えないと言っていただろ?」

 アリアがバツの悪そうな顔をする。干し魚が買えなくなったのはアリアの散財が原因だからな。気に病んでいるのだろう。

「それは、その…ごめんね?」

「よい。済んだことだ。それに、元々アリアの金だからな。何に使おうがアリアの自由だ。槍に関しては我も必要だと思うしな」

 アリアの散財の主な原因は槍を買ったからだ。命を預ける物だから良い物を買ったらしい。高くついたらしいが、我も良い物を買うのに賛成だ。この槍はアリアにとっての爪や牙である。良い物を選ぶのは当然だ。

「しかし、干し魚が無いのは少々問題があってな。猫達に拾ってきてもらった」

 干し魚は我の王国を維持する為に必要不可欠なものだ。猫達は我の想像以上に干し魚の虜になっていた。

「拾ってきたって…こんなにたくさん何処から拾ってきたのよ?」

「王都中からだ。我もこんなに集まるのは予想外であった」

 探せば意外と落ちてる物らしい。あるいは猫達の干し魚への愛がこれだけ凄まじいものなのかもしれない。

「これで干し魚を買えるだろ?」

「それは、買えると思うわよ。そんなに高い物じゃないし。干し魚だけでいいの?」

 悩む質問だな。本音を言えばチーズが欲しい。だが、これは猫達が集めた金だ。猫達に還元するのが正しい使い道だろう。チーズは我慢だな。はぁ…。

「……とりあえず干し魚を頼む。多めにな」

「分かったわ。レイラに頼んでみる」

 学院の外に出るのは危険なので、買い物はレイラを通して行うらしい。パルデモン侯爵の報復を警戒しての事だ。鬱陶しいな、パルデモン。

 なんにせよ、これで干し魚の問題は解決したわけだ。難問が一つ解決できたな。肩の荷が下りた気分だ。王都の道端にこれだけ金が落ちてる事を驚けばいいのか、それとも猫達の干し魚への愛の深さに驚くべきか、悩むところだな。干し魚が生き甲斐とか言ってたし。

 ◇

「じつはな、アリア。アリアに見て欲しい物がもう一つある」

「まだ何かあるの?」

「むしろこちらが本題だ」

 我は銅貨の山の隣に、もう一つ山を築く。銅貨の山を倍する程の山だ。我の背丈よりも大きい。

「何これ?」

 アリアが新たに現れた山へと手を伸ばす。

「えーっと…。欠けたボタンに、石に、壊れた糸通しに、何これ?よく分からない金属片に……ほんと、何よこれ?」

「我にも分からん」

「はぁ?なんでこんな物拾ってきたのよ?」

「我が拾ってきたのではない。猫達だ。金を拾ってくるように言ったのだが、間違えて色んな物を拾ってきてな。その鑑定をアリアに頼みたいのだ。もしかしたら価値のある物があるかもしれん」

 猫から見れば全てガラクタだが、人間から見たら違うかもしれない。人間の価値観はよく分からんからな。銅貨とか良い例だ。猫から見れば只の茶色い石でしかないが、人間はお金だと言ってありがたがっている。

「それは良いけど…。言っちゃ悪いけど、ほとんどゴミよ?」

 アリアから見てもゴミに見えるらしい。まぁ元々道端に落ちていた物だからな。ゴミで当然か。価値のある物がそうそう落ちてる事は無いだろう。

「そうだろうな。まぁ猫達が折角拾ってきた物だからな。一応確認しておきたいだけだ」

「それはそうでしょうけど…。ゴミを仕分けさせられる私の身にもなって欲しいわ」

「欲しい物があればやるぞ?」

「あっそ。ありがとね。期待してるわ」

 アリアが気の無い返事をしてゴミ山へと手を伸ばす。アリアの為にも価値のある物があると良いのだが……。

「缶詰の蓋に、欠けた歯車に、割れたボタン。よくこれだけ集めたものね。これだけ片付けて、まだ半分近くあるんだけどー…」

 それはゴミ山を見分し始めて暫く経った時の事だ。

「ゴミ、これもゴミ。これもゴミったらこれもゴミ。これも……え?」

 アリアがゴミだと言う物を、また影の中にしまっていたら、急にアリアの動きが止まる。その視線はゴミ山の中の一点に集中していた。何か見つけたらしい。

 やがてアリアはおずおずとゴミ山からソレを拾い上げる。ソレは鈍く金色に輝く輪っかだった。

「嘘…え?これって…もしかして金の指輪!?」

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