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第79話

『おやおや、皆さんお揃いのようで。どうもどうも、お待たせしました。私め、キースがやってまいりましたとも! 本日は身支度に時間が掛かってしまって、お待たせしてすみませんねぇ。私が来たからには、もう心配いりませんとも。皆さんの言葉は確実にお相手にお届けしますぞ! いやぁ、それにしても爽やかな朝ですね。太陽の光がなんとも気持ちがいい! 忌々しい冬が去って、私は踊りたくなるほど嬉しいですぞ! おっと、私としたことが挨拶を忘れていました。皆さんおはようございます!』

 うるさいのが来たな。リノアの横で丸くなっていた我は片目を開け、上空を見上げる。青い小鳥が忙しなく羽を羽ばたかせて、イノリスの頭上をくるくると円を描くように飛んでいた。キースだ。

『おはようキース。あんたは……いつも元気だね』

 イノリスがやや疲れた様子でキースに応える。イノリスは心が広いな。耳元で騒がれてうるさいだろうに。我なら叩き落としてやるところだ。

 鬱陶しいのが玉に瑕だが、キースは我らのムードメーカーでもある。我らの会話の中心はいつもキースだ。と言うよりも、ほぼキース一羽が喋っているとも言えるだろう。奴の語りを子守歌に昼寝するのが、我々猫科の使い魔の常だ。

 そんな憐れな扱いを受けるキースだが、奴は我らの先導役という一面も持っている。のんびりしがちな我ら猫科の使い魔を言葉巧みに引っ張るのはいつもキースだ。

『それだけが私の取り柄ですから!』

 キースがイノリスの頭上に降り立ち、情けない事を胸を張って答える。どうしてそんなに自信満々なのかは謎だ。もっと違うことを誇りたまえよ。

 キースの奴はこんな事を言っているが、奴の取り柄は他にもある。それは情報に敏い事だ。弱き者の常だが、キースは周囲をよく観察している。そうして得た情報を事細かに記憶しているのだ。その記憶力には、さすがの我も舌を巻くほど。奴の齎すその記憶力に裏打ちされた情報には、我もアリアたちも一定の評価を置いている。

『おやおや、お揃いと言えば、皆さんお揃いの装いをしていらっしゃいますね』

 目敏いキースが、さっそく我らの変化に気が付いたようだな。

『鈴ですか。ひょっとして、あの服屋のアウシュリーからの頂き物ですか?』

 キースの言う通り、我とリノア、そしてイノリスの首には首輪が巻かれ、鈴が付いている。アウシュリーとか言う服屋から、服を買ったオマケで貰った物だ。皆、よく似たデザインの首輪だ。ただ、イノリスに巻かれた首輪は、その体格に合わせてか、とても大きい。鈴も我の顔くらいの大きさがある。ここまでくると鈴と言うより別のなにかだな。音もガランゴロンと低く勇ましい音がする。格好良い。我もあの鈴ならば喜んで着けただろう。着けたら着けたで身動きが取れなくなりそうだが……。

 たしか、アリアが“おしゃれは我慢だ”と言っていたな。我も我慢してイノリスの鈴のような大きな鈴を一興かもしれない。

『皆さん着けていらっしゃるなら、私も着けて来ればよかったですねぇ。実は、なにを隠そうこの私も、アウシュリーから首輪を頂いたのですよ。えぇ、皆さんと同じです。いやぁ、アウシュリーもなかなかニクイ贈り物をしますね。“将を射んとする者はまず馬を射よ”とは人間の言葉でしたか。レイラたちが贔屓にするのも分かるというものです。これには私も脱帽ですよ。商売上手というのは、アウシュリーのためにある言葉なのかもしれませんね。商品の質も高いようですし、まさに実力に裏打ちされていると言っても過言ではないのではないでしょうか』

 それまで得意気に喋っていたキースの顔が一気に曇る。

『しかし、私には鈴は重すぎまして……。飛べなくなりそうだったので、鈴を着けてくることを諦めたのですよ。あぁ……! なんでこんなことに……っ! これではまるで私だけ仲間外れではありませんか! あぁ……! 私はひ弱な自分の体が怨めしい……っ!』

 口調も一転、悲し気だ。翼で己の顔を隠し、まるで泣いているようだ。なんとも哀れを誘う姿である。

『まぁ、そんなこんなで、どうにか鈴を着けられないかと試行錯誤していたら遅れてしまったという訳です』

 またまたキースの口調が一転し、今度はケロッとした様子で、もう鈴の事など気にしていないかのようだ。先程の悲し気な雰囲気は何だったのかと言いたくなるが、キースは元々こういうところがある。一々大げさというか、情緒の移り変わりが激しいというか。いずれにせよ、真面目にキースに付き合っていると疲れる。

『そうかい。それは……残念だったね』

 イノリスは優しいな。キースに付き合ってやるなんて。

『そうなのです! あぁ! なんてかわいそうな私! 私だけ鈴を着けていないなんて、まるで仲間外れのようではありませんか。こんな酷い事があって良いのでしょうか、いえ、良いわけがありません! そもそも……』

 長くなりそうだな。我は目を閉じて、キースの語りを子守歌に眠りにつくのだった。

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