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第75話

 今日もアリアとルサルカが寝たのを確認して、窓から部屋を抜け出す。ルサルカはあれから頻繁にアリアの部屋に寝泊まりしに来ている。パルデモン侯爵の復讐を警戒して、一人で寝るのを避けているらしい。当然の用心だろう。こいつら人間は眠ったらなかなか起きないからな。寝込みを襲われるのを警戒するのは分かる。襲撃の可能性は低いらしいが、万が一があったら怖いからな。

 今日も部屋を出る時に、ベッドの周りを影を操って作った結界で覆ってきた。あれならばもし襲撃があったとしても我が帰ってくるまで時間を稼ぐことは可能だろう。

 本当はアリアの傍を離れない方が良いのは分かっているが、そうも言ってられない問題が生じたのだ。その問題を解決する為に、我は今日ボス猫達を集めて緊急猫集会を開くことにしたのだった。

「もう集まってる頃合いか」

 我は月を見上げて呟く。月は丁度真上に輝いている。アリアとルサルカが寝ていることからも、夜も遅い時間だと思う。

 猫達に時計という概念は無い。従って細かい時間を指定するのは難しい。今日も“月が真上に輝く頃”という曖昧な集合時間になっている。人間の使う時計を猫達にも導入しようかと検討したこともあったが、時計自体が珍しい品物であり見る機会が無きに等しいという事、時計を理解する為には数字を読めなければ話にならない事もあり、時計の導入を諦めた事がある。

 まぁ、時計を導入したとしても時間にルーズな猫というのが出てくるだろうからな。大して意味はないかもしれない。

 我は駆け出す。もう日が沈んでからだいぶ経った夜も遅い時間だというのに、寒さは感じない。むしろ暖かさを感じるくらいだ。最近は随分と暖かくなった。花々は賑やかに咲き誇り、甘ったるい匂いが充満しているほどだ。春というより夏の気配の方が大きく感じる。少し前まで寒さで身を縮こまらせていたのが嘘のようだ。

 相変わらずザルな警備の正門を抜けて、正面のちょっとした林の中に潜る。背の高い木々に月の光を遮られた闇の中、ギラギラと輝く小さな光が無数に見えた。どうやら集まっているようだな。

「王様!」

「王様だ!」

 無数に見える数え切れないほどの小さな光は、全て猫の瞳だ。時たま瞬き、まるで星々の輝く夜空の様に見える。

 猫達の視線を集め、我は猫達の中心へと歩みを進める。中には木に登っているのか、上から降り注ぐ視線も多くあった。多くの視線に含まれるのは敬意や心服の情だ。これだけ多くの猫に慕われているとは、我の統治はなかなか上手くいっていると言って良いだろう。

 当然、中には少数ではあるが敵愾心の篭った視線も感じる。我の統治が不満というより、自分が王になりたいという野心を感じる瞳だ。主に若い猫に多いだろうか。うむ、若者はこうでなくてはな。

「皆集まっているか?」

 集まった猫達の中心で我は口を開く。

「さぁ、集まってるんじゃないかい?」

 最前列に居るミケが答えた。ミケ。小柄な女の三毛猫だ。その特徴は、なんといっても三本足の点だろう。ミケは左前脚が欠けているのだ。小柄、三本足と不利な点ばかり目立つが侮ってはいけない。此処に居るということは、ミケはシマを支配するボス猫だ。それも複数のシマを支配する大ボスである。彼女は小柄、三本足を感じさせない程強いのだ。本猫の蓮っ葉な性格もあって、皆には“ミケの姉御”と呼ばれ、敬意を示されている。

 ミケの言葉に反対する者はいなかった。出席を取っていないので分からないが、視線の数からいって、多くのボス猫が集まっているのは間違いない。我は話しを進めることに決めた。

「急な呼び出しにこれほど多くのボスが集まった事に感謝しよう。諸君。我々は一つの大きな問題を抱えている」

「問題?」

「その問題って?」

 問題と聞いて、猫達の間に疑問が広がる。これまで上手くいっていたのに、一体何が問題なのだろう?という疑問だ。皆何が問題が分からずに疑問なのだ。中には不安そうな顔をしている猫も居る。

「ずばり言おう。……我らは今、金欠なのだ…」

「きんけつ…?」

「きんけつって何だ?」

 金の概念すらない猫達である。金欠と聞いても分からないか。

「簡単に言えば、これまで褒美として与えていた干した魚だが、このままいけば今後褒美が無くなる可能性が高い」

「にゃんですと!?」

「そんなばかにゃ!?」

 猫達が大きく動揺する。その動揺の大きさに、我は問題の深刻さを再確認した。

 我はこれまで集会に集まったボス猫や、有能な働きをした猫に褒美として干し魚を与えていた。猫達は褒美欲しさにこれまでキビキビと我の命令に従っていたのである。褒美である干し魚は、我の統治において重要な働きをしているのだ。

 その褒美が無くなればどうなるか……。はたして猫達が我の命令に従うかどうか…。従ってくれるだろうが、その動きは鈍いものになるだろう。褒美が無ければ動かないのは人間も猫も変わらない。

 これまで干し魚はアリアの金で買っていた。だが、そのアリアの金が尽きかけている。

 原因は槍を買ったことだ。自分の命を預ける物だからと良い物を買ったらしい。我もその意見には賛成だが、予想以上に高くついた。他にも胸が大きくなったとかで下着や服を新調したり、何かと物入りだったのだ。そして気が付けばアリアの金は尽きかけていた。干し魚を買う金も満足に無いらしい。このままではマズイ。そう思って今回の猫集会を開いたのだ。

「皆静まれ!すぐにどうこうという話ではない!まだ多少の干し魚の蓄えはあるのだ!」

「ですが…食べれば無くなりますよ?」

「褒美が無くなるなんて…一体何を希望に生きていけばいいんだ…」

「んだんだ」

 生きる希望って…干し魚への評価高すぎないか?こいつら普段何食べてるんだ?

 若干の不安を抱きつつ、我は宣言する。

「手はある!」

「にゃんと!?」

「いったいどうすれば!?」

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