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第74話

 目の前に運ばれてきた紅茶の匂いが鼻をくすぐる。とても華やかな、まるで瑞々しい花の様な香り。とてもあの茶色のシワシワの葉っぱの匂いとは思えないさわやかな甘い匂い。嗅いでいるだけで気分が落ち着いてくるとても良い香りだ。

「早速始めましょうか。もう待ちきれない人もいるみたいですし」

 笑顔のヒルダ様の視線を辿ると、お菓子に目が釘付けになっているルサルカの姿が見えた。確かに今日のお菓子はとても美味しそうで思わず手が出ちゃいそうだけど、そこはグッと堪えて私みたいに紅茶の香りを楽しむ余裕を見せるのが淑女の嗜みよ。ルサルカちゃんはまだまだお子ちゃまね。

「そうですね。では、お茶会を始めましょう」

 レイラが宣言した瞬間、ルサルカの手がお菓子へと伸びる。そして、私も目を付けていた二つのケーキを二つとも持ってっていってしまった。そんな…最初は紅茶を楽しむのが淑女の嗜みなのに…。ルサルカの掟破りの先制攻撃に、私は唖然としてしまった。

 ルサルカは満面の笑みでケーキを頬張っている。そのスピードは速い。もう一つ目を完食し、二つ目に取り掛かっている。マズイ。このままでは、またルサルカにお菓子を取られてしまう。私は慌ててお菓子へと手を伸ばした。もう淑女がどうのとか言ってる場合じゃない。これは争奪戦なのだ!

「まぁまぁ二人とも。まだお菓子はありますから」

 苦笑を浮かべたレイラにたしなめらてしまった。ぐぬぬ。淑女って難しいわね。

 その後はゆったりとした空気の中、お茶会は進んでいく。紅茶を楽しみながら、お菓子を摘まみ、おしゃべりに華を咲かせる。ルサルカもケーキを食べて満足したのか、その後はゆっくりと食べていた。

「最近リノアが太ってきたみたいで困っていますわ。お腹周りにお肉が付いてきましたの」

「リノアが?見た感じそんなに変化は感じなかったけど」

 リノアは小柄で線の細い印象を受ける白猫だ。リノアなら、もうちょっとくらい太っても健康的で良いかもしれない。

「太った猫ちゃんも、それはそれでかわいらしいですけどね」

「クロはすごかったね」

 ルサルカが笑いながら言ってくる。確かに、太った猫といえばクロを連想してしまう。今はだいぶスマートになったけど、一時期はすごい太っていた。押せばそのまま転がっていきそうなくらいまん丸だった。あれはあれでかわいかったけど、健康の為にダイエットさせた。クロは太った自分を気に入ってるようだったから、あまり乗り気じゃなかったけど、ご飯を人質に取って無理やり痩せさせたのだ。

「そう言えば、お二人は槍をどうするか決めましたの?」

 私とルサルカには、自分の槍を買う話が出ている。今は棒で練習しているけど、穂先が付くと重心が変わるので、早い内に槍の重さに慣れた方が良いらしい。自分の得物を手に馴染ませるのは大切なことだとパウロさんが言っていた。

 槍ねー…。決して安い買い物ではない。値段を聞くと、買うのを躊躇してしまうほど高い。でも、これも将来の為の投資よ。パウロさんにもケチらずに良い槍を買えって言われてるし、良い物を買おうと思う。

「私は買うつもりよ。ルサルカは?」

「あたしも買うよ。アリアは穂先をどうするか決めた?」

 槍の穂先って結構色んな種類がある。私はどれが自分に合うのか、正直分からないでいた。

「まだよ。今度パウロさんに相談してみるつもり。ルサルカは?」

「あたしも相談してみようかなー。あたしは突きよりも払いの方が得意だから、どうしようか悩んでるんだよねー」

 いつも即決なルサルカも珍しく悩んでいるみたいだ。高い買い物だし、自分の命を預ける物だから慎重にもなるか。

 それからもコロコロと話題を変えながらお茶会は続いていく。使い魔の事、勉強や課題の事、それから恋の事も…。

「わたくしは殿方に失望いたしましたわ!」

 そう声を荒げるのはヒルダ様だ。お父さんの事やパルデモン侯爵の事で、すっかり男性不信になってしまったみたいだ。先日出席したパーティーでも、胸をジロジロと見られて不快な思いをしたそうだ。思わず私はヒルダ様の胸元を見てしまう。レイラ程ではないけど、十分大きくて形も綺麗だと思う。とても羨ましい。これはついつい見てしまう男性の気持ちも分からなくもないけど、女の子はそういった視線には敏感なのだ。

「その点、女の子は良いですわ。だってこんなにかわいいのですもの!」

「わぷっ」

 ヒルダ様がルサルカを胸に抱き寄せて頬ずりしている。ルサルカが顔を真っ赤にしてあわあわと慌てていた。最近、ヒルダ様からのスキンシップやボディタッチが増えたのよね。それだけ仲良くなれたということは嬉しいけれど、ちょっと過剰なような気もする。男性への不信もあるし、まさか本当に女の子が恋愛対象になってしまったとか?まさかね?

 でもヒルダ様美人だし、軽いボディタッチでもドキドキしちゃうのよね…。私にその気はないけれど、もしヒルダ様に本気で迫られたら…その気になってしまいそうでちょっと怖いわ…。

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